Guest Profile
酒井誠一(さかい・せいいち)
インタビュー次期社長候補として、組織や社内規程 公開企業としての下地づくりに奔走
1.先代はカリスマ 会社は“芸術作品”
釣具やアウトドア用品の企画・開発、販売を行なっているティムコは、フライフィッシングのパイオニアとして、フライ(毛鉤)と呼ばれる水生昆虫などを模した擬似餌や、竿、衣料品に至るまで、フライ用品をトータルで取り扱っている唯一の国内企業だ。
また、アウトドア衣料でも自社ブランドである“フォックスファイヤー”を全国に展開している。
同社社長の酒井誠一氏は、先代である実父が仲間とともに立ち上げた会社を引き継ぎ、2011年2月代表取締役社長に就任した。
ご存じの通り、事業承継は簡単なことではない。特に、“二代目社長”は社員や取引先、エンドユーザーからの信頼を得られずに、事業に失敗する確率も高いといわれている。
酒井氏は「会社の代表が創業者なのか後継者なのかによって、経営手法そのものが大きく異なります」と語る。
創業経営者は、自分のしたいように会社をつくり上げてきた特別な存在であり、カリスマでもあります。その魅力に社員は付いていくわけで、必然的にリーダーシップを握っている。
「創業者がつくり上げた会社を、芸術作品に例えると分かりやすいです。作品をつくり上げた創業者本人であれば、その作品に手を加えるのも、壊してしまうのも本人の自由。周りも文句をいえません。
しかし、その作品を引き継いだ人物が、手を加えたり、壊すことには注意が必要です。作品の人気が高いほど、周囲は黙ってはいませんから。なので、引き継いだ側は、その作品をベースに、少しでも良くなるよう少しずつ修正を加えていくという慎重さが必要になります」
2.株式公開準備を機に召集される
先代からは、具体的に会社を譲り渡す話をされたことは一切なかったと、酒井氏は言う。
「大学を卒業して、大手OAメーカーに入社しました。とても仕事が楽しくて、ずっとこの会社で働きたいと思えるほど、素晴らしい経験をすることができました」
では、なぜティムコに入社することになったのか。
「1992年頃だったと思いますが、ティムコが株式公開を目指すことになったんですね。それで急に呼び出されて。上場するための準備はとても大変だと聞かされていましたから、その作業を社員に任せるのは業協会(現 東京証券取引所JAS
DAQ市場)に株式を店頭登録した。
「当時はまだ、株式の立会場があって、初値がついた瞬間はとても感動しました。株式取引の勢いを肌で感じることもできましたね。でも、株式公開の当日は、さまざまなところに出向かねばならず、分刻みのスケジュール。
事務局長だった私は、次の予定ばかりを気にしていて、実は当日のことはよく覚えていないんです」( 笑)
3.大手企業とのコラボでアウトドア衣料を開発
事務方の責任者として、無事に株式公開させた手腕も認められたのだろう。2011年に社長に就任。
以後は社内のルールづくりや仕組みづくりを進める一方で、新製品の開発にも力を注ぎ、数々のヒット商品を世に送り出している。
「バブル後の市場低迷を受けて、アウトドア市場全体も、釣り市場もピーク時より参加人口がずいぶん減少しました。ただ近年、ローラさんをはじめとした人気タレントが釣りを趣味としていることに象徴されるように、旬なアクティビティとして釣りが注目されるようになってきました。それに同調して、釣り人口も増加しつつあります。また、当社のお客様は釣りや登山といったアクティビティをライフワークにされている方がとても多いです。我々の製品がお客様の一生の想い出となる瞬間にコミットする可能性があります。なので、当社では抜かりない製品の開発をしていく責任があります」
08年、アース製薬、帝人グループとダッグを組んで虫が止まっても刺さずに逃げていく防虫素材「スコーロン」を使用したアウトドア衣料を開発してリリース。いまや、釣りだけではなく、さまざまなアウトドアシーンを楽しむ人々から愛され、ロングセラーとなっている。
既存製品については、時代のニーズに合わせた改良を加えながら販売数量を増やしている。「市場全体が伸びているにもかかわらず、売上げが伸びていない製品は改良すべきだし、売り方も見直すべき」
そう話す酒井氏の表情からは、“二代目社長”という雰囲気は全く感じられない。
ティムコにとって上場は、会社の安定感が増すと同時に、次世代を担う経営者の育成に大いに貢献したのではないだろうか。
ワクワクするような春を迎え、ティムコの製品で安心・安全に、なおかつアグレッシブにアウトドアを楽しむ人たちの姿を目にするのがとても楽しみだ。
インタビューを終えて
酒井社長はいつも穏やかで、笑顔が絶えません。
お会いするたびに、その優しさに包まれているかのようなふんわりした感覚にしてくださる経営者です。
これまで何度か取材してきましたが、実は、先代のお話を伺ったのは今回が初めて!いつもの優しさの中に、凛とした経営者としての柱が垣間見えたインタビューとなりました。
企業には「変えてはいけないモノ」と、「変えなければいけないモノ」があると聞いたことがありますが、酒井社長はそれをしっかりと理解されて、時間をかけながらも自らの役割を最大限に果たそうとしているように感じました。
ティムコの自社ブランド“フォックスファイヤー”は、全国に直営店もございます。ぜひお見知りおきを(笑)。