伊藤元重が見る 経営の視点

第28回過剰サービス問題への対応は、 経営者の資質を試す

1.宅配便の転機 サービス見直しへ

ヤマト運輸の宅配便サービスの見直しが話題になっている。細かい時間で配達の時間指定ができ、留守だと何度も来てくれる宅配便は、本当に便利であった。電話をしないと再度の配達をしてくれない他の業者とは大分違う。多くの人にそのサービスの高さを評価されて伸びて来たヤマト運輸の宅配便だが、人手不足と人件費の増加で、大きな転機が来ているようだ。

アマゾンや楽天などのイーコマースの拡大は、宅配業者にとって追い風のはずだった。実際、我が家のご近所へのヤマト運輸の配達を見ると、アマゾンの荷物が随分に多いように見える。我が家にくる荷物もアマゾンが多い。

ただ、荷物の量が増えることは、宅配業者にとってビジネス拡大の機会であると同時に、ビジネスのアキレス腱を表面化させるきっかけともなった。実際、我が家に来る宅配業者の方をみていると大変なことがよく分かる。ただでさえ人手不足で人件費が高騰しているのに、この仕組みでどこまでいくのかと考えていた人も多いだろう。

ヤマト運輸は、当面はサービスを一部やめることで対応をするようだ。過剰すぎるサービスを低コストで提供して、それでうまくいかなければ、サービスを下げるか、それとも料金を上げるしかない。料金をすぐに上げることは難しいので、まずはサービスのレベルを落とし、時間指定の枠を少し調整するということをするようだ。ただ、将来的には料金を根本から見直すことも求められるだろう。人手不足の問題を全てサービスの質の調整で行なうのは合理的ではない。少し時間がかかるかもしれないが、宅配需要が増えて人材確保が対応できないのであれば、料金を上げていくしかない。

長引くデフレで、日本企業は低料金で過剰なサービスを提供するという競争を繰り広げて来た。パートや派遣など低廉な労働力が利用可能であったことも、そうした過剰なサービス競争を可能にしてきた。しかし、そうした時代は終わったのだ。

2.元日休業を決めた トップの胆力

海外から来た人は、日本の過剰なサービスに驚くことがある。デパートに行くと、エレベーターの前でお辞儀をして、エレベーターに誘導する従業員がいる。なぜ日本のように賃金の高い国でこんな過剰なサービスが可能なのか分からないと、あるアメリカ人に言われたことがある。そのデパートの包装が、これまた過剰である。包装をいくつも解かないと、肝心の商品が出てこないことがある。資源の無駄遣いとしか言いようがない。

ガソリンスタンドのサービスにも特徴がある。最近でこそセルフのスタンドが当たり前になったが、少し前は全てのガソリンスタンドがフルサービスであった。セルフサービスに慣れたアメリカ人が自動車でガソリンスタンドに入ってくると、何人もの若者が車に寄ってくる。自動車のガラスを拭くサービスのために寄って来た従業員なのだが、アメリカ人は強盗がやってきたと勘違いして逃げようとした。多分ジョークだろうと思うが、日本のガソリンスタンドの過剰サービスを皮肉っているのだろう。

こうした過剰サービスは、他に幾つでも例をあげることができるだろう。高いレベルのサービスが提供されることは良いことのように思えるが、それが無料で提供されているとなると問題ではないだろうか。その過剰なサービスが過剰労働のしわ寄せになっているのか、それとも商品の価格に転嫁されているのか、いずれにしてもあまり合理的な料金設定になっていないように思える。

深刻化する人手不足と増加が予想される人件費は、こうした悪しき慣行を見直すよい機会であると思う。企業経営者は何が適正なサービスなのか、その料金設定をどうしたらいいのか、真剣に考える必要がある。それはしばしば大きな経営の決断を求めるものであるかもしれないが、そうした決断が重要でもある。
 
経営者の決断が重要であると言ったが、そうした例として、百貨店の元日の営業について考えてみたい。1月1日は百貨店にとっては重要な稼ぎ時である。初売りや福袋を求めて多くの客が来店する。それをあてにして多くの店が元旦から店を開けている。

ただ、従業員にとっては元旦からの開店は悪夢である。せっかくの正月を家族とゆっくり過ごせない。正月なのに店でこき使われるというのは嬉しいことではない。人手不足と人件費高騰の中で、百貨店がいつまで元旦からの営業を続けられるか、疑問を持っている業界関係者も多かったはずだ。

ただ、元日の休業を決めることは難しい。競合店が元日に大儲けをしているのに、自分の店だけ閉めるというのには勇気がいる。横並びで同質競争をするというのが日本の業界の特徴であるとすれば、横並びでいっせいに元旦からの営業を続けるというのも、いかにも日本らしい光景だ。

そうした中で、三越伊勢丹は今年(2017年)の元日を休業とした。来年(18年)から三が日の休業も検討するという。長期的に考えれば元日営業は難しいと判断したのだろう。従業員が不満を持っていたのでは、それが顧客に伝わってしまうと考えたのかもしれない。いずれにしろ、他の店が元日に開店しているのに、自分の所だけ元日の閉店を決断するのは勇気がいることだ。

三越伊勢丹の経営者はその決断をした。気になる結果だが、報道によると、同社の1月全体の売り上げには大きな影響はなかったようだ。こうした結果を見て、他の企業も来年は元日の休業に追従するかもしれない。

同社の例からも分かるように、過剰で低料金のサービスから抜け出すためには、経営者の決断の勇気が求められる。他が過剰なサービスをしているから、あるいは他が値段を上げないので自分もできない、という同質競争の論理に縛られていると、この厳しい人手不足の時代に対応することはできない。

必要となるときには、リスクを覚悟で踏み出すということが、経営者に求められる資質である。過剰サービス問題への対応は、経営者の資質を試す存在でもあるのだ。

TO PAGE TOP