伊藤元重が見る 経営の視点

第30回日本企業が比較優位にあるリアルデータ IoT、AI、ロボットとの連動を図れ

1.GAFAに水をあけられた バーチャルデータの活用

膨大なデータを収集し(ビッグデータ)それを分析して活用することの重要性は、いまや多くの人が認識している。そうした分野で他の企業を圧倒しているグーグルやアマゾンなどの会社の株価は非常に高い。データのもつ威力によって、多くの産業が変化しようとしているのだ。金融、流通、医療、交通などの分野で、データを活用した新たなビジネスモデルが提起されている。
 
残念ながら、日本はGAFAと呼ばれる米国企業にこの分野で大きく水をあけられている。GAFAとは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の略称である。これらの企業はインターネットやスマホの利用を通じて圧倒的な量のデータを蓄積しており、それを利用したビジネスを次々に展開している。
 
データの重要性が増すなかで、日本はどのような方向に向かっていったらよいのだろうか。闇雲にGAFAの背中を追いかけていくことではないだろう。日本は自らの持っている比較優位を見極め、そこに注力すべきであるのだ。
 
GAFAが得意とするのはバーチャルデータと呼ばれる分野である。バーチャルデータとは、インターネットの上を行き交っている情報から獲得するデータと考えればよい。これに対してリアルデータというものがある。インターネットの上を流れている情報ではなく、現実の経済活動などから得られる情報である。
 
病院での治療や診断や処方にかかわるレセプトやカルテなどのデータ、工場の設備に設置されているセンサーが集める情報、スイカ(Suica)などの電子マネーに集まる乗降客の移動情報などは、すべてリアルデータと呼ばれるものである。リアルデータでもそれを集約化してビッグデータ化することができれば、その利用価値は大きい。これらのデータはインターネット上に乗っているわけではないので、日本が米国企業に遅れているわけではない。それどころか、国民皆保険を確立している日本の医療制度や、高度な生産システムを持つ日本のメーカーなどは、リアルデータを整備するのに有利な位置にあると言ってよいだろう。大きく水をあけられたバーチャルデータについては米国の企業のサービスを有効に活用しながら、日本が比較優位を持ちうるリアルデータの分野で徹底して競争力の強化を図る。これが日本政府の描く成長戦略の柱である。今後のビジネスの環境変化を考える上でも重要な視点となる。

2.ビッグデータ×AI×応用 データの輪を活かせ

リアルデータは、現実(リアル)の経済活動から生み出されたものであるので、それを再びリアルな活動に戻す循環が必要となる。専門家がデータの輪(data circle)と呼ぶものである。具体的にはIoT(モノのンターネット)と呼ばれるような形でセンサーによりさまざまなデータを集め、それを標準化してネットワークで集積する。これがビッグデータと呼ばれるものである。このビッグデータを、AI(人工知能)を活用して分析を行なう。その分析結果を、ロボットや自動車などの駆動装置のコントロールなどに活用する。これがデータの輪のイメージである。
 
こうした形でIoT、AI、ロボットなどを連動させることで、リアルデータの利用価値を高めることができる。IoTやAIなどの個別技術の研究開発だけでなく、それらを連動させて活用する実践的な配備が必要となる。要するに、基礎的研究だけでなく、応用的あるいは実践的な試行が必要となるのだ。
 
政府の成長戦略の中では、とくに4つの分野が強調されている。1医療・健康増進・介護、2移動、3サプライチェーン、4スマートライフ、である。医療や介護の分野については説明する必要はないだろう。移動とは、自動車の自動運転やドローンなどを中核とした交通システムなどの展開だ。サプライチェーンとは、ものづくりから物の流通まですべてを情報活用で効率化する動きだ。そしてスマートライフとは、スマートハウスやスマートシティという言葉で表現されるように、情報を活用してより快適で環境にも優れたライフスタイルを展開しようというものだ。
 
いずれの分野でも、すでにデータ活用によってシステムを高度化する動きは始まっている。政府の成長戦略では、こうした動きを加速化するために政策でのバックアップを進めようという。具体的に上がっている政策の事例をいくつか挙げると、医療情報の標準的なデータベース化とその活用、自動運転やドローンでの特区を活用した利用、スマート工場やサプライチェーンの高度化のための企業間のコンソーシアムの立ち上げへの協力、住宅や街づくりでの情報化の推進と地域実験の推進などがある。そして何よりも、IT人材の不足への対応を加速化することの重要性が指摘されている。
 
リアルデータを活用したビジネスモデルの展開は、政府による政策だけで動くわけではない。重要なことは、企業がこうした動きをビジネスチャンスと捉えて、積極的に新しい動きへの取り組みを進めることだ。データの活用による産業の変化は世界的な規模で起きていることであり、世の中の動きに敏感な経営者であればその重要性はよくわかっているはずだ。重要なことは、どこに自分たちの比較優位があるのかということをきちっと把握し、そこに集中的に取り組むことだ。
 
医療や介護、データをフル活用した高度なものづくり、物流の高度化、自動運転、スマートハウスなど、上で挙げた例を並べてみると、非常に多くの業界がこの課題と深く関わっていることがわかる。それどころか、情報化やデータによる革新から無縁な業界はないと言っても過言ではない。
 
政府の成長戦略については、経済産業省の「新産業構造部会」から詳細なレポートが出ている。いずれ書籍にもなるだろう。この審議会の座長の立場で言うのも少し気がひけるが、非常に興味深い事例が多く出ていて、ビジネスの世界の方々にも大変に参考になるはずだ。

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