株式会社マルハン 韓裕

Guest Profile

韓裕(はん・ゆう)

1963年京都府生まれ。京都商業野球部在籍時、第63回全国野球選手権大会では準優勝を経験。88年法政大学卒業後、株式会社地産入社。90年株式会社マルハンコーポレーション入社、取締役に就任。95年プロジェクトリーダーとして「マルハンパチンコタワー渋谷」をオープンし、成功へ導く。取締役営業統括本部長、常務取締役営業本部長を経て、2008年6月代表取締役に就任、現在に至る。

特集現場から出る社会貢献のアイデアがもたらす “リーディング・カンパニーの成長”

1.「利益の一部を社会に 還元すべきである」という 創業者のDNA

 パチンコホール最大手、マルハン。1957年に韓昌祐現会長が京都で創業して以来、半世紀で類稀なる成長を遂げ、業界2位企業と売上げにおいて2倍以上の差をあけて、09年3月期には売上高2兆円を突破した業界のリーディングカンパニーだ。

 韓会長の次男である韓裕社長は90年に入社。営業本部長、副社長などを経て08年に社長に就任した。95年に渋谷の文化村通りに登場した「マルハンパチンコタワー渋谷」は、従来のパチンコ屋のイメージとはかけ離れたオシャレな店内に爽やかな店員、カップルシートもあり大盛況となったが、このプロジェクトを率いたのが韓社長だ。
 
 僕と韓社長の出会いは4年前。お世話になっているある方に、「韓社長とアポイントがあるから同席してもいい。その代わりひと言も喋るなよ」と言われてお目にかかったのが最初だ。言い方は変かもしれないがその第一印象は、まろやかでとろけそうなぐらいソフトな人柄。僕が抱いていたパチンコホール企業の社長のイメージとは正反対で、すごく驚き、そしてすごく引かれたのだった。

 僕は韓さんと話がしたくて「会いたいです。お話をさせていただきたいです」と手紙を書いた。すぐにお返事をいただき、今度は2人で1時間以上話をして、その後すっかり仲良くなった。

 さてマルハンという会社は、軍艦マーチと店員さんのマイクパフォーマンスが鳴り響くパチンコホールの常識を覆し、老若男女誰もが楽しく遊べるアミューズメントパークに昇華させ、日本一のパチンコホールチェーンになった。その成功には限りない試行錯誤と創意工夫とチャレンジが繰り返されてきたはずだが、僕はマルハンの成長のベースにずっとあるのは「人」だと思う。従業員の教育が行き届いているというだけでなく、それ以上の何かを感じるのだ。

 それが何かを確かめたかった。まず韓さんに聞いたのは、カンボジアなど新興国の貧困地域に医療施設や学校、井戸を作ったり、絵本を贈ったり、国内でもさまざまな社会貢献をするなど、奉仕活動に力を入れていることについてだ。

「当社は創業者である韓昌祐の『得た利益の一部は社会に還元するべきである』という信念に基づき、CSRの取り組みとして国際貢献や環境対策、清掃活動など、さまざまな社会貢献活動に参画しています。ただそれに加えて、従業員が自発的に行なっている活動もあるんです。たとえば、当社の店舗の休憩室にある自動販売機の飲料は以前、1本80円~90円の従業員価格でした。それが従業員の発案で、100円に上げて差額を社会貢献活動に使うように設定しました。当社には全国に1万3000人のスタッフがいて、皆1日に1本ほど飲みますから1年間で4000万円ほどになる。このお金で、カンボジアに学校を作ったり、東日本大震災復興支援の寄付など行なっています。このお金の使い道を決めるのも従業員です」。そう韓裕社長は言う。

 それだけではない。従業員たちが自主的に、それぞれの地域で『クリーンタウン計画』などと銘打って定期的に町の清掃活動を行なったり、献血活動を行なったりしているという。昨年は全国で約1600人の従業員が献血したそうだ。

2.毎朝全従業員で共有される〝イズムの芽〟のエピソード

「いい会社を作るには、理念を従業員がしっかり持つことが大切です。われわれは従業員が皆で話し合い、創業の理念を噛み砕いて、世の中にわれわれが存在している理由や、業界を変えるという意思を込めて『マルハンイズム』という指標を掲げました。これを全国の従業員に浸透させるために『イズムの芽』という制度を作ったのです。従業員同士で素晴らしい行動を見つけて、全国の皆に伝え、全社で褒めたたえていこうという制度です。たとえばお客様と積極的に話をして、1ヵ月で100人のお客様の名前を覚えた人がいるとします。それを素晴らしいと思った従業員が、そのエピソードを書いて本部に上げます。本部は全国300店舗から届くたくさんのエピソードから素晴らしいものを『朝礼用イズムの芽エピソード』として毎日配布し、全国の店舗で紹介して全従業員で共有するのです。さらに、とくに素晴らしいエピソードを年間6つ厳選して『イズムの殿堂』とし、再現VTRを作って会社説明会で流したり、ポスターや卓上カレンダーにして後輩にも伝えています」

 イズムの殿堂を読んで、僕も感動した。たとえばプルタブを集めて車椅子を寄贈する活動の話だ。北海道初進出となる店に「地域の老人ホームに車椅子を寄贈するためにプルタブ集めをしているから協力してほしい」と近所の小学校の子どもたちから依頼があった。従業員はそれを全国に伝え、全国に広がるマルハンの各店舗から北海道にプルタブが届き、車椅子を寄贈できたそうだ。そのときの子どもが、なんと今年の新卒社員としてマルハンに入社したという。

 このプルタブ収集はいまや全店舗で行なわれ、地域の社会福祉協議会等へ車椅子を寄贈している。その数は昨年までで188台にもなる。1店舗の活動が全社の活動になっているのだ。

 さらに感動したエピソードは、バンクーバー冬季パラリンピックのスーパー大回転で金、滑降で銅の2つのメダルを取った狩野亮選手の話だ。彼はマルハン所属だが、メダルを期待されるスター選手ではなかった。小学3年生のとき交通事故で下半身不随になった彼は、大学三年で出場したトリノ五輪では回転で途中棄権、大回転は27位。それでも、「これまでお世話になった方々や家族のために、次のバンクーバーでメダルを獲りたい。競技を続けながら仕事をさせてほしい」と思いをしたためた経歴書を100社に送ったのだそうだ。狩野選手を面接したのは4社だけで、内定を出したのはマルハンだけ。彼は長野市の店舗で事務職をしながら、十分な練習ができる時間と援助を受け、3年間必死に頑張って実力をつけて再び五輪代表に選ばれた。マルハン全社一丸となって応援し、現地に駆けつけた韓社長の目の前で、金メダルを射とめたのだ。

「亮が真ん中に座って日の丸がずーっと上がっていくのを見て、涙が止まらなかったです。それが当社で働く全従業員の希望になった。昔、パチンコ業というのはサービス業のなかでも、職を失った人が最後に行き着く末端の仕事でした。でもいまはそうではありません。私たちは業界を超えて、サービス業全体のなかで通用する人材を育成し、将来への希望を持って働いているのです」

『人生にヨロコビを』というのがマルハンの経営理念。それはお客の人生だけでなく、従業員の人生にも当てはまっているのである。

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