Guest Profile
髙本 眞一(たかもと・しんいち)
1947年兵庫県生まれ。73年東京大学医学部卒業。78年ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院 外科医員。80年埼玉医科大学 第一外科講師、87年公立昭和病院 心臓血管外科 主任医長、93年国立循環器病センター 第二病棟部長、95年国立循環器病センター 心臓血管外科部門主任兼務、97年東京大学医学部胸部外科 教授、98年東京大学大学院医学系研究科臓器病態外科学心臓外科・呼吸器外科 教授、2000年東京大学医学部 教務委員長 兼任(~ 2005年)。09年三井記念病院 院長。東京大学名誉教授、アジア心臓血管胸部外科学会(ASCVTS)理事長、日本医学会連合理事、日本心臓外科学会名誉会長、日本心臓血管外科手術データベース機構代表幹事などの役職にも就いている。
特集医師への勤務時間規制は 国民にはマイナス PA、NPの制度化が望まれる
1.【特別インタビュー】医療現場の働き方改革を考える
2.医療現場で例を見ない 短時間正職員制度を導入
3.患者の命を預かる医師は 一般の労働者と同一視できない
4.専門化が進む医療の現場業務軽減を図る制度の確立を
1.【特別インタビュー】医療現場の働き方改革を考える
1909年(明治42年)に開院、100年以上にわたり「患者の生いのち命を大切にし、患者とともに生きる医療を行ない、
より良い社会のために貢献します」を医療理念に医療活動を続ける社会福祉法人三井記念病院。
2016年11月には国際的な医療施設認証機関であるJCI(Joint Commission International)の認定を取得。
またほぼ同時期に、医師のキャリア継続をサポートする「短時間正職員制度」をスタートさせた。
同病院髙本眞一院長に医療現場での働き方の現状、現在の課題について聞いた。
2.医療現場で例を見ない 短時間正職員制度を導入
病院勤務医の勤務時間はブラック企業の社員と変わらない。厚生労働省が全国の医師10 万人を対象に実施した「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(回答数・1万5677人)結果が、2017年4月に発表された。勤務時間は年齢と性別によって多少の差異はあるが、20代勤務医(常勤)の場合、「診療+診療外」の時間は週平均55時間程度。これに当直・オンコールの待機時間が週に男性で約16時間、 女性で約12時間が加わり、勤務時間は男性が月平均284時間、女性が268時間に及んだ。
社会福祉法人三井記念病院も例外ではない。同院はベッド数482床で、職員数約1400人。外来患者数は1日平均で約1100人。「心血管病の先進治療」「がんの標準治療・低侵襲治療」「高齢者の生活の質の改善を図る治療」を治療の3本柱に据え、患者構成は70歳以上が過半数を占めている。
医師の勤務時間は全国平均をゆうに上回り、じつに月平均310時間にも達していたという。同院は16年11月、労働基準監督署から時間外勤務手当の支払い是正の指導を受けたことを契機に、就労環境の改善に本腰を入れ始める。
そのひとつが、全国でもほとんど例がない医師の「短時間正職員制度」の導入である。医師正職員の標準勤務時間は、午前8時30分から午後5時までの7時間30分、土曜日は月1回程度(午前8時30分から午後12時30分)、さらに祝日が年に数日。短時間正職員の場合、例えば7時間30分勤務の6時間勤務への短縮や、週5日勤務から週4日勤務への変更など勤務時間や日数を調整できる。
3.患者の命を預かる医師は 一般の労働者と同一視できない
この制度の導入に続いて、患者・家族にも理解を求めた。医師の長時間労働を改善するには、患者・家族の理解が欠かせない。同院はホームページに説明時間について以下を告知している。
※労働基準監督署の指導を受け、医師の働き方について見直しを実施しております。
つきましては、 2017年11月より患者さんおよびご家族様への病状・検査結果等のご説明時間について、次のとおり制限させていただきます。
平日20時、土曜日12時
こうした取り組みに加えて、院長の髙本眞一氏によると「各部門で早く帰るように促しているので、医師の残業時間は月平均で50時間ぐらい削減された」という。
ただ、抜本的な解決には至っていない。その理由に、医師という職業の特殊性が挙げられる。例えば医師にも労働基準法が適用されるが、髙本氏は違和感を述べる。
「医師は上司の指示に従って働くのではなく、患者さんの病態に応じて働くため、病態が悪化すれば勤務時間が過ぎても帰宅できない。しかも誰もが患者さんを治すために働いていて、残業時間を気にして嫌々働いている医師はほとんどいない。私の若い時代のように、睡眠時間も取らないで働き続ける状況はまずいが、医師を一般の労働者とみなして他の職業と同じように勤務時間を規制することは、国民にとってマイナスになる」
応召義務も医師に固有の特殊性だ。医師には医師法19条によって「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と応召義務が課せられている。この規定も勤務時間に制約を設けにくい一因である。
4.専門化が進む医療の現場業務軽減を図る制度の確立を
だが、それ以上に、医師に負荷を強いているのが医師不足である。この問題について、医療界には二つの見解がある。絶対数の不足ではなく診療科と地域の偏在が原因という見解と、そもそも絶対数が不足という見解だが、髙本氏は「人口対比の医師数では、日本は米国とほとんど変わらない」と指摘する。
OECD(経済協力開発機構)が15年に発表した調査結果によると、人口1000人当たりの医師数は日本が2・3人、米国が2・6人。OECE加盟国(35カ国)平均は2・8人だった。傍目には、この数字から絶対数不足には見えないが、「米国ではナースプラクティショナー(NP)とフィジシャンアシスタント(PA)が医療行為を行なって医師の業務が軽減されている」(髙本氏)。NPは医師と看護師の中間職種で、医師の指示を受けずに一定範囲の診断と薬剤処方を行なえる専門職。PAは医師の監督の下に手術助手などの医療行為を行なう専門職である。
日本でもNPとPAを制度化する議論が続いてきたが、医師法の規定などから制度化には至っていない。15年11月に施行された特定看護師はNPと同等に見られがちだが、特定看護師の業務は医師の指示の下に、人工呼吸器からの離脱、気管カニューレの交換、中心静脈カテーテルの抜去など38行為に限定されている。
PAについては17年4月、厚労省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」が報告書で制度化の検討を提言した。ところが、報告書が公表された同日に、早くも日本医師会が反応した。横倉義武会長名義で「診療看護師(仮称)や フィジシャンアシスタントの活用を含むタスク・シフティング、 タスク・シェアリングについては、医療安全や医療の質の向上の視点に立ち十分かつ慎重に議論することが必要と考えます」と暗にブレーキをかけたのだ。
こうした綱引きをよそに、現場では「医療がどんどん専門化して、深さと広さが同時に進んでいるため、私の専門である心臓血管外科でも1人の医師ができる業務は限られてきている」(髙本氏)。
窮状の打開に向けて、髙本氏は、自身が理事に就く日本医学会連合で「PAの制度化を提言することを検討したい」と考えている。