Guest Profile
甲田恵子(こうだ・けいこ)
1975年大阪生まれ。米国留学を経て関西外国語大学を卒業後、 環境事業団(現 独立行政法人環境再生保全機構)にて役員秘書と国際協力室を併任。ニフティに転職し、海外事業の立ち上げに従事。2005年、同社在籍中に長女を出産。復職後は上場・IRを担当。ベンチャー投資会社に転職し、広報・IR室長に就任。09年に同社を退社。「頼り合えることで一人ひとりがライフステージにかかわらずやりたいことが実現できる社会の仕組みを創ろう」と全国から同志を募り、同年11月、AsMamaを設立。著書に「ワンコインの子育てシェアが社会を変える!」 「子育ては頼っていいんです~共育て共育ち白書」がある。
特集企業にも媚びず子育てママからは1円ももらわない。それがポリシー
1.子育て世帯の切実な問題の解決に乗り出し、各界から注目を集めるベンチャー企業
「急な残業で保育園へ迎えに行けない」「子どもが熱を出したが、仕事を休めない」「知らないベビーシッターにわが子を預けるのは不安だし、経済的にも負担」──。
子育て世帯のこうした切実な問題の解決に乗り出し、各界から注目を集めるベンチャー企業がある。「子育てシェア」の運営および地域交流事業を展開するAsMamaだ。子育てシェアとは、近所の顔見知り同士で子どもの送迎託児を頼り合うネットの仕組みのことで、登録者数は現在2万人。顔見知り以外とはつながらないというのが特徴で、利用中に万が一何か起こったときには最高5000万円の損害賠償保険が適用される。
2.子育て世帯の切実な問題を共助の仕組みで解決する
冒頭のようなシーンで登録者は、子育てシェアでつながった複数人にオンラインで支援依頼を送る。対応するのは、近所の友人、子どもと同じ園・学校の保護者、託児研修・訓練を受けたAsMama認定の「ママサポーター」など。依頼者は1時間あたり500円~700円の謝礼を支援者に支払うのみ。このサービスの利用にあたっては、登録料も手数料も保険料も一切かからないという。
「子育て世帯からは1円もお金をもらわないというポリシーで、企業からの協賛や寄付も受けずにきています。収益モデルはBto B、その一つが地域交流事業です。全国のママサポーターたちが子育てシェアを広げるためにいろいろな人のところへ行ってアプローチし、イベントを実施する。その口コミ力を利用したい企業の広報、マーケティング、集客、顧客化をお手伝いして、企業の事業価値向上につなげることで自分たちの活動費用を稼いでいます」(同社代表取締役甲田恵子さん)
試算は数百億円規模に「子育てシェア」の経済効果
「世の中の不便を便利にする、マネタイズを考えるのが趣味であり特技なのですが、最初から社会貢献性の高い事業をやるつもりではなかった」と甲田さん。きっかけは、大学卒業後、着実にキャリアを積み順風満帆だった彼女に降ってわいたリストラ。退職後に通った職業訓練校で甲田さんが出会ったのは、スキルと経験を持ちながら子育てを理由に退職を余儀なくされた女性たちだった。
彼女たちには再就職のためにベビーシッターを雇えるほどの経済力はない。一方、家事から解放される時間であれば子どもを預かってもいいと考える主婦も少なくなかった。この両者をつなげて「みかんやシュークリームのお礼」ではなく、きちんと謝礼を支払うようにすれば、お互いの世帯収入が上がり、自由な時間ができて、二人目の出産を考える気持ちの余裕も生まれ、少子化という社会問題が解決するのではないか。そう考えブログに書き込むと3ヵ月で800件もの反響があった。
ここで甲田さんが前職時代にIR担当として培った勘が働く。「社会からポジティブな反応があれば、必ずフェアバリューとして(上場企業であれば株価上昇という)対価を得られるはず。その当時は、まだHowの部分はわからなかったものの、共に助け合えるインフラができたら間違いなく大きなリターンが見込める。そんな確固たる自信はありました」
それから5年がたった。現在、あるシンクタンクの試算によると、「子育てシェア」によってさまざまな人が時間的な余裕と収入が得られ、その結果として社会に還元される経済規模は数百億円になるといわれている。
2013年には「子育てシェア」は経済産業省の「Jump Start Nippon」の支援案件に採択され、14年にはジャパンベンチャーアワード「社会貢献特別賞」を受賞した。
「子育てシェア」という発想は前例のないものだっただけに、それを仕組みとして創り上げるその過程は並大抵の道のりでなかったはずだが、甲田さんはあっけらかんと笑い飛ばす。
「フィールドリサーチのつもりで道行く人に声を掛け続けていたら職務質問されたり……。保険の仕組みを認めてもらったときには、国内損保はもとより、イギリスの保険会社にも直接交渉し『クレイジー』呼ばわりされました。もう毎日が壁との戦いですよ」
重苦しい育児や介護をAsMamaが変える
「フルマラソンでいえばまだトラックを出てもいない状態」と、現在のAsMamaを評する甲田さん。彼女が描く今後の姿とはどんなものだろう。
短期的には「信頼できる人たち同士が24時間、365日頼り合えるプラットフォームを広げていくこと」という。企業と連携しながら、このことの重要性を行政に働き掛けていく。
また、子育てシェアに関心はあるもののITが壁になっているアクティブシニアを巻き込むことも当面の課題だ。そのために、シニア層が簡単に操作できる、専用の端末(+仕組み)の開発を進めているところだ。
「これは高齢者の見守りサービスとしても機能します。生存確認だけが見守りではない。社会に居場所があって、経済活動を営み、周りの人から『ありがとう』と感謝される機会に恵まれることが生きているということ。高齢者の方々に端末をもって活動してもらうことが十分な見守りになります」
いま、世話をしてもらっている子どもたちが10年後にはシニアたちの介護を手伝うようになり、介護が必要な親同士、あるいは障害のある人やその家族同士の頼り合いにも広がっていく。そうなればもはや子育てシェアではなくライフシェアになる。
「この日本発の共助プラットフォ
ームを世界に誇れるライフシェアとして、世界中に広げていきたい」
一つひとつ夢を実現させてきた甲田さんの好きな言葉は、ウォルト・ディズニーの「追い続ける勇気があればすべての夢は叶う」だ。
「成功させるまで、私は絶対にこの事業を止めません」
かつて日本にも育児や介護に孤軍奮闘を強いられる時代があった──そんな「過去」が語られる日が来るのもそう遠くない。