「○○大学の○部の誰が誰々と何時ごろ参加」までつかんでいる

 体育会学生に特化した就職支援事業で、学生と顧客企業から絶大な支持を得ているアスリートプランニング。その代表、山崎秀人は、自身も大学体育会ヨット部出身だ。


 大学卒業時の1992年、山崎は仲間と″体育会の就職活動を体系化する事業”を企画した。独立したのは98年。しかし軌道に乗せることができず清算。2004年、「もう絶対に失敗しない」という決意で現在の事業を立ち上げた。


「だから、うちが主催する就職イベントには『〇〇大学の○部の誰が、誰々と何時ごろ参加する』というところまで担当者には把握させますし、顧客企業には大手・中小を問わず必ず学生を集め、学生には企業を紹介します。例えて言うと、仕入れから納品まで100%に責任を持つ。『最大の営業は納品である』という方針で、就職支援・採用支援をやっています」


 ここまで言い切ることができるのは、アスリートプランニングが行なってきた徹底したアナログ戦術の積み重ねがある。いまでこそフェイスブックやLINEなどのSNSも多彩に利用するが、創業当時はとにかくフェイスツーフェイスで学生の信頼を勝ち取っていった。関東50大学はもとより、関西30大学、そしてさらに地方の大学。それぞれの大学の、さらに細分化された体育会所属の競技ごとに、一人ひとりと関係を築いてきての今日なのだ。


「このITの時代に結局ヒトメディア(笑)。この非常識がウチの一番のスタンダードなんです。確実に体育会学生を供給できますから、取引企業の9割がリピーターです」


 社員一人ひとりが一騎当千。典型的なブティック型企業である。

 

 

大学の就職課と体育会OBのはざまでゆれる学生を徹底指導

 山崎は04年の起業時、世の中の採用現場の変化を強く感じた。企業は、特に大手企業は、たとえ採用コストがゼロであっても、活躍する人材しか採用しないようになっていた。それなのに学生は認知されている企業しか知らず、しかもほとんどの学生が人気企業ランキング1位の会社の説明会にすら参加することはできない。学生は就職活動で初めて背中を突き飛ばされて本当の競争社会を垣間みる。体育会出身者が企業から期待され、OBの紹介があったとしても、あっさり採用される時代ではなくなっていた。上位校の体育会学生も苦戦する。それ以外の学生は、望まれている企業の存在すら知らずにいる。それをアスリートプランニングはつないできたのだ。


「うちの社員には、僕のやってきたやり方を見てもらいます。それはアナログで血の通った仕事。とにかく学生さんとの信頼関係なんで、『担任の先生をやってくれ』と営業担当に言ってるんです。大学の就職課はOBが強い体育会のことを意外と把握していない。だから、ウチが生徒を常に意識して、就職のレクチャーをして、業界の知識を与えて、学生によってはプライベートの悩みまで相談に乗って、受験する企業の採用担当者の前に出ていけるようしっかり仕上げていく。そこまでするので、担当者はクライアントから感謝されます。その積み重ねで人材が育っていくと思っています」


 人間のつながりが事業のベースにあるアスリートプランニング。今後はさらに外国人やベンチャー志向学生などエッジの効いたカテゴリーや、就職で面倒を見た「アスリート社会人部」を組織して、住居・保険など異業種とのコラボレーションも考えているという。

 

 

 

*『CEO社長情報』vol.13掲載

 

|プロフィール

山崎秀人(やまざき・ひでと)

1991年、日本で初めて「体育会学生採用企画」を始める。全国400大学の体育会とネットワークを持ち、年間10000名以上の学生と直接対面を実現。これまでに3000社近い企業での採用支援の実績を積み上げてきた。近年では企業の採用課題である「グローバル人材」に関してもサポートすべく、アジア諸国での事業もスタートさせている。