株式会社岡野工業 岡野雅行

Guest Profile

岡野 雅行(おかの・まさゆき)

1933年(昭和8年)東京都墨田区生まれ。旧制中学中退後に父の経営する金型工場を受け継ぎ、プレス加工技術を確立。独自に開発した深絞り技術で、リチウムイオン電池ケース、痛くない注射針などの開発と量産化に成功。2005年に旭日双光章を受賞。著書『俺が、つくる!』『人生は勉強より「世渡り力」だ!』など。現役の職人であることから、社長ではなく代表社員を名乗る。

特集仕事で成功するには変わりモンじゃなきゃダメなんだ

1.歴史を見れば、海外に出たって失敗することはわかるじゃないか

 中小企業がどんどんアジアに進出しているけど、そもそも日本で儲けられない会社がアジアで儲けられるかって。どこも日本みたいに義理と人情がないし、約束をきちんと守ってくれないし、商売のやり方がセコイんだから。そんな国で儲けようっていうのはどだい無理な話なんだよ。実際、俺の知っている会社で中国に出ていった会社は、ほとんど大損して裸で帰ってきているからね。

 歴史は繰り返すっていうけど、なんで皆歴史を勉強しねえんだろうな。昭和の初期に日本人が満州で稼ぐんだと言って、どんどん行っただろう? それでどうなった?身ぐるみはがれて命からがら帰ってきたじゃねえか。それに、一昔前の中国ブームのときだって日本企業は泣いて帰ってきてる。歴史を見れば、よくわかる。急場しのぎで海外に出たって、永久に向こうで事業ができるわけじゃないんだよ。皆さん、これがわからないんだなぁ……。

 それにもう一つ大切なことは町工場の文化という問題だ。

 あんた、世界に町工場のある国は何ヵ国かわかるかい? たったの5ヵ国だよ。日本、ドイツ、イタリア、フランス、イギリスの5ヵ国。フランスやイタリアのブランド品だって町工場で作ってんだよ。ほんとに優れた技術っていうのは、町工場から生まれ育ってきたものだよ。その町工場がアジアのどの国にもない。町工場の文化がないんだよな。

 でっかい工場を造って大量生産しても、大工場ってのはただの組み立て屋だからな。本当に優れた製品は生まれねぇ。

2.海外に出て行かなきゃならないような中小企業にはセンスがない

 だから、うちは世間が何と言おうと、日本から動くつもりはない。俺の知っている人たちで、海外で成功したのはバブルで借金こさえて、女房子供と別れて、夜逃げ同然で海外に行った人たちだよ。

 ベトナムで高山にしか咲いてない花を売って成功した人、それから鰹がいっぱい捕れるベトナムで鰹節を作って成功した人。彼らは腹をくくるしかなかったし、そのぐらいの覚悟があったから成功できたんだよ。 いま、得意先といっしょに海外に出て行かざるをえない中小企業があるけど、それは実力が不足しているからだろ。実力が不足しているのは、俺に言わせりゃ、センスに問題があるね。

 人間のセンスの問題。大事なことは、仕事をもらうより、知り合いをどんどん増やすことだよな。友達を増やすこと。そうすると、おのずから「これができなかったら、岡野のところに行ってこい」と、そう言ってくれる人が多くなるんだよな。

 たとえば、お金持ちが大学病院で余命数ヵ月と診断された場合に「先生、お金はいくらでも積むから何とかしてください」と頼んだってダメだろ? するとどうする? 情報網をフルに駆使してさ、その治療ならこの人という町医者を見っけるわけだよ。

 うちはそういう町医者と同じで、どこにもできない技術を相談されるわけだよ。そういう状況をつくっておくセンスが大事だけど、実力がないと仕事は来ないよな。

 それで、持ちこまれた図面を見て、俺は研究に入るんだけど、自分の実力を安くは売らないよ。よく言われるんだよな。この金型、いくらぐらいでできるか見積もってくれって。見積もれって、そういう根性だから病気になるんだよ。大学病院ではいくらでも払いますって言っといてだよ。町医者の俺が治るって言ったら見積もれって。どう、あんた、おかしいだろ?

 だけど相手は大きい会社だから、稟議を通すのに見積もりが必要だって。だから俺は言うもん。「見積もんないよ、お宅はいくら予算があるんだ?」と。

「あんたの命にいくらの予算をかけるんだ?」と。そうすると、予算をいくら取ればいいんだって聞いてくるから、俺は悪いけど1億円取ってくれって言うよ。1億円をくれと言ってるんじゃない。予算だから。
 で、そこが運命の分かれ道になるわけ。めんどうだから止めようという会社も出てくる。予算をとるかどうかは、むこうのセンスの問題になるんだよ。

3.親父が俺に話してくれた五つの教訓はいまでも守っている

 1億円の予算を用意して1000万円でできちゃうかもしれないし、200万円でできちゃうかもしれない。その代わり、もし失敗したら俺は自分のメンツにかけて1円も受け取らない。材料費だけもらう会社もあるかもしれないけど、俺の場合は、自分がやるって言って、できなければゼロなんだよ。いまだに取ったためしがない。失敗しても金をもらおうと思うから、ロクなモノができないんだよ。
 お金ってものは、仕事をすると後からついてくるもので、追いかけると逃げちゃう。それなのに、皆はお金を追いかけるから、逃げられちゃうんだよ。女の人だって追いかけると逃げちゃうけど、簡単に言えばそれと同じだよ。
 だからキザな言い方かもわかんないけど、俺はお金がほしくて仕事してるんじゃないんだよ。仕事がおもしろくて、やっているうちに、あとからお金が来ちゃうんだよ。

 でも、技術があっても先が読めないと、仕事が集まってこないよな。いま仕事がなくて困っている町工場がいっぱいあるけどさ。そういう工場は、腕は良くても、この先こんな時代がくるから、こういう技術を持っておかなきゃなという勉強をしてこなかったんだろな。俺、そう思うよ。たえず先、先と情報を集めておかないと。町工場の経営者ってのは、いまの仕事に没頭しちゃって、それをやらないんだよな。だから、友達を増やすっていうのは重要なんだ。

 ところで、オヤジが俺によく話していた教訓が五つあってさ。
 一つめは、国を絶対信用するな。明治37年生まれのオヤジは、茨城から東京に出てきて、金型屋として一生懸命働いてかなりの土地を買ったんだけど、戦後の農地改革で全部国に取られちゃった。

 二つめは、銀行を絶対に信用するな。戦後の新円切り替えで預金は一律300円だけ支払われて、あとはパーにされちゃったんだよ

 三つめは保険に入るな。俺も、契約どおり保険金がおりなくて苦労した人を実際に見ているよ。

 四つめは人の保証人になるな。そして五つめは会社を絶対に大きくするな。

4.若い経営者に言いたいのは人の真似はするなってことだな

 会社ってのは大きくするのは簡単だけど、小さくするのが難しいんだよ。リストラをしたり、工場を整理するのにものすごいエネルギーが必要で、これは経験した人じゃないとわからないな。うちの近所には、カネボウや資生堂の下請けで化粧品のキャップを作っていた工場がたくさんあったけど、社員を数百人規模に拡大したところは、全部潰れちゃったよ。うちだって、いま俺を入れて4人で年商8億円だけど、300人くらいの会社にしようと思えばできるよ。だけど、大きくしない。

 4人だから、うちにはリストラも関係ない。大手電気メーカーみたいに大量にリストラをやると、どうなると思う? リストラされた技術者は韓国企業に移って、もっと高い技術を開発して元の会社を見返してやろうと意気込むだろうよ。だから大手電気メーカーがダメになったのは、自業自得だよ。

 でも、日本中が俺みたいな考えの経営者ばっかりだと雇用に貢献できなくて、日本経済はダメになっちゃうけどな(笑)。

 若い経営者に言いたいのは、皆と違うことをやれ、人の真似はするなってことだな。

アジア人は農耕民族で、隣の家が新しい車を買うと自分も買ってさ、人と同じことをやって安心する民族だよな。狩猟民族は逆で、人の足跡がある場所に行ったって、もう獲物は獲られているから行かない。絶えず新しいところを開拓する民族だよ。

 俺は誰にもできない仕事しかやっていない。テルモの注射針だって販売から10年も経つけど、いまだに世界中でどこも真似できていないよ。中国でも販売されてるけど、真似されていないよ。

 俺はよそがやらない仕事だけやってきたけど、成功するには変わりモンじゃないとダメなんだよ。変わりモンじゃないと値打ちのある仕事はできないし、お金も貯まんないよ。

 でも本当のこと言うと、変わりモンってのは、実は変わっていない。人と同じことをやる皆のほうが変わってんだよ、俺のほうが当たり前でさ(笑)。

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