伊藤元重が見る 経営の視点

第16回ビッグデータを活用しているかどうかビジネスを決める時代

1.世界最大の防犯カメラメーカーを買収した理由

 クラウドコンピューティングの発達によって、情報処理のスピードは格段に速くなり、そのコストは急速に安くなっていく。いまや、世界のサーバーで使われている全電力の利用量は、日本の電力利用量よりも多いという。言うまでもないが、ここで日本の電力利用量というのは、すべての用途に利用する電力量の総和である。それよりも、コンピューターサーバーだけに利用する全世界の電力利用量のほうが多いという。いかに膨大な情報が伝達され、処理されているかがわかる。

 こうした情報処理の拡大の背景には、IoTと呼ばれる情報利用がある。Internet of Things(モノのインターネット)の略だが、さまざまなセンサーで集めた情報が収集処理され、それが私たちの生活やビジネスを変えている。グーグルでウェブ情報を検索し、フェイスブックで情報を公開しやり取りする、あるいはスマートフォンで映像や音声を楽しむということなら、人間のつくったソフトや情報をやり取りするだけである。その情報量の拡大には限界がある。

 しかし、センサーで集めた情報ということになると、その情報量の拡大には際限がないことになる。グーグル携帯が集める移動情報のデータは、どこかで処理されて地図上に詳細な渋滞情報となって表示される。いまやグーグルマップの渋滞情報は、自動車に装備されているナビよりも遥かに詳細となっている。携帯のセンサーが集める情報がそうしたことを可能にする。

 センサーは至る所に設置できる。カルテやレセプトを電子化すれば、医療情報のビッグデータが利用可能となる。そうした情報が医療の質の向上に有益であることはよく知られている。コンビニの利用者の多くが持っているTポイントやポンタのカード情報を利用すれば、店舗での商品の販売と購買者の特性に関してさまざまな分析が可能となる。この情報をどう利用するのかが、販売促進の大きな鍵となる。

 警察が設置した防犯カメラは、犯罪防止に大きな役割を果たしつつあるという。画像認識機能が向上すれば、防犯カメラによって犯罪防止をさらに強化できるはずだ。警備保障業界は東京オリンピック・パラリンピックに向けて大きな需要の拡大が見込まれるが、人手不足にどう対応するかが大きな課題となっている。ここでも防犯カメラが役に立ちそうである。キヤノンが世界最大手、スウェーデンの防犯カメラメーカーを巨額で買収したのも納得できる。

2.7%が活用できていない米国と70%が対応できていない日本

 さて、こうしたビッグデータはビジネスに利用すれば大変な武器になる。一つ面白い例を紹介しよう。既存ビジネスでの情報利用のヒントになるかもしれない。

 米国を代表する大型小売店の一つであるターゲットは、赤ん坊用品の販売拡大を戦略に掲げた。そのために、IoTを活用することを考えたのだ。そこで行なったことが面白い。

 ターゲットの客の大半はターゲットの発行するクレジットカードやポイントカードを利用している。誰が何をいつ購入しているのかが情報として残る。そこで客のなかで妊娠している人を認識できないか、そしていつ頃出産なのか予想できないかと考えた。

 統計分析によると、妊娠中期にさしかかった女性は香りの弱いフレグランスフリーの化粧品に切り替える人が多いようだ。突然フレグランスフリーの化粧品に替えた客がいたら、要注意ということになる。妊娠がさらに進むと、多くの人が以前よりもサプリメントを摂取するようになるという。体内にいる赤ん坊のことを考えての行動だろう。そして妊娠がさらに進むと、石けんもフレグランスフリーになり、大きなコットンボールを購入することもあるそうだ。

 こうした妊娠した女性の購買行動を詳しく分析することで、かなりの精度で客のなかで出産を控えた人の出産時期が特定できるそうだ。その情報が集まれば、あとはそれに合わせて赤ん坊用品の販売促進を行なえばよい。

 この事例は、カードというセンサーを利用したIoTの事例であると考えることができる。一度モデルを構築してしまえば、あとはカードからの送られてくる情報をモデルが自動的に解析してくれるのだ。

 ビジネスの観点から見たら、このケースは大変に興味深い。ターゲットのこのビジネスモデルを実現するためには、社内にプロジェクトチームをつくって、社内の人間で企画を立ててもうまくいかなかっただろう。小売業のなかにいるプロは情報処理や妊婦の行動分析の専門家ではないからだ。

 ターゲットにとって必要であったのは、外にいる情報処理のプロ、あるいは妊婦の行動分析のプロにモデル構築を依頼することであった。おそらくそれほど多くの人材を確保する必要もないはずだ。ごく少数のプロのチームに依頼することで目的を達成できたはずだ。社内の人材ではなく、外部のプロに任せる必要があるという点が重要だ。情報化社会における情報の活用では、常にそうした姿勢が求められる。

 ところで、米国の大手企業に「ビッグデータに対応しているか」という質問を投げかけたところ、約7%の企業が「対応できていない」と答えたそうだ。同じ質問を日本の大手企業に質問したところ、約70%の企業が「対応していない」と答えたようだ。

 この日米の差の大きさはショックだ。ビジネスの世界でも情報活用の重要性が確実に増している。企業規模を問わず、経営者はこうした動きに対応することが求められる。自社のなかの人材を利用する必要はない。まだビッグデータと関係ないと考えている経営者は、一度この分野の専門家と話をしてみる必要があると思う。

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