追加金融緩和に込められたいくつかの狙い

 先日、日本銀行が金融の追加緩和を行なって、世界を驚かせた。株式市場や為替市場は即座に反応して、さらなる円安と株価につながった。今後もこうした影響が残るかどうかはわからないが、当面は金融緩和が効力を発揮したことは明らかだ。

 

 なぜ、この時点で日本銀行は大胆な金融緩和の追加策を行なったのだろう。黒田日銀総裁のコメントによると、デフレマインドの払拭を確実にするためであるという。昨年(2013年)4月の大胆な金融緩和で経済の流れを大きく変えることに成功した日本銀行であるが、夏以降の経済の足踏みのなかで人々にデフレマインドが戻ることを警戒して、再度の緩和に踏み切ったということだろうか。

 

 こうした一連の日銀の政策において、キーワードとなるのが「期待」というものである。デフレマインドもあるいはインフレ期待も、いずれも人々の心にあるもので、手にとって見えるものではない。ただ、そうした期待が経済を動かしていることは事実であり、それを政策によって動かしていこうというのがいまのマクロ経済政策の鍵ともなっている。

 

 日本が長いことデフレの罠から抜けられなかったのは、国民の間にデフレマインドが定着していたからだ。物価は上がらないだろうという期待のなかで、消費は落ち込み、物価や賃金は下がり続けたのだ。こうしたマインドを完全に払拭しないかぎり、日本経済を本格的に回復軌道に乗せることは難しい。これがアベノミクスの基本的な考え方である。今回の日本銀行の追加緩和もこのような流れに乗ったものである。

 

 消費税引き上げが経済に及ぼす影響にも、「期待」という要素が深く絡んでくる。海外の識者からよく指摘される。
「日本国民は数パーセントの消費税率の引き上げになぜそれほど大騒ぎをするのだ」、と。20%を超える消費税率となっている欧州諸国から見れば、5%から8%へ、そして8%から10%への消費税率の引き上げでこれほど大騒ぎをする日本の状況が不思議に見えるのだろう。

 

 大騒ぎをするだけならまだよいが、それが実際の景気に大きな影響が及ぶからさらに問題である。消費税率の引き上げ前に家電製品などを買っておこうという駆け込み需要も少し過熱が過ぎるような気がする。売る側もそれを煽って、引き上げ前にできるだけ販売しようとする姿勢が強い。今年の4月の消費税率引き上げ前の駆け込み需要は特に激しかったようで、それだけ4月の前と後で景気に大きなずれが生まれることになる。

 

 それでも駆け込み需要の反動は、いずれは正常に戻るはずであった。ただ、今年は運が悪いことに、これに夏の異常気象が追い打ちをかけた。冷夏で夏物商品が売れないだけでなく、大雨や気象災害で消費が大きく落ち込んだ。この影響は直接には消費税とは関係ないはずであるが、この一連の消費低迷もなんとなく消費税引き上げの結果であるような見方をしている人が少なくない。

 

 消費税率を引き上げたら景気が悪くなるはずだという人々の見方、つまり「期待」が現実経済を動かしているように思える。だから、政府も次の消費税率の引き上げには慎重な姿勢をとらざるをえないのだ。安倍総理が最終的に来年の10月時点での消費税の引き上げにどのような判断をするのかは、この原稿の執筆時点ではわからないが、その判断が大きく注目されることになる。

 

 

成果が出てくるときに潜む〝危険の存在〟

 先日、ある証券関係者が次のように発言していた。「株価の動きはどうもさえない。日経平均がなんとか2万円まで上がらないものか」、と言う。正直、この発言には驚いた。少し前は8000円台であった日経平気が1万5000円から1万7000円台にまで上昇している。これは大変な株価の上昇である。それなのに市場関係者はもっと上がらないのかと発言しているのだ。

 

 株価の動きには不確定要素が多いので、その水準についてここで何か言おうというのではない。ただ、株価が上がればさらに上昇するのを期待する気持ちが強くなるようだ。政策がある程度の成功を収めると、さらに成果を求め、それが実現しないと政策批判に転ずる。こうした過剰期待が政策当局にとっては危険な存在である。

 

 過剰期待は保育園のケースでもあるようだ。子育てを支援するためには待機児童の数を劇的に減らす必要がある。そこで保育園の増設ラッシュが始まった。私の住む世田谷区は待機児童の数が多いことで悪名高かったが、最近はわが家の近所でいくつもの保育園が建設されている。

 

 それでもまだ待機児童問題は解消していない。「安倍政権は保育施設を増やすと言っているのに、まだ待機児童は解消していないではないか」と不満のコメントをある人がラジオで発言していた。確かにそうだろう。ただ、安倍政権になって、かつてとは比較にならないようなスピードで保育施設の建設が行なわれていることも事実だ。それが期待感をさらに高めて、結果的に不満の声も大きくなっているのだろう。

 

 成果が出てくれば期待が高くなりすぎ、それが不満につながるということは、どこの国にも、いつの時代にもあることなのだろう。ただ、その期待が経済そのものを動かし始めていることには気をつける必要がある。デフレマインドや消費税への過度な警戒などがその典型である。

 

 こうした期待要因をいかにコントロールして、経済を好ましい方向に持っていくのかが、経済政策運営で重要になってきている。経済学の学問的な研究でも、マクロ経済政策運営における期待要素の重要性を分析した研究者が何人もノーベル経済学賞を受賞している。期待要素の重要性は経済学の世界でも認識されている。

 

 経営者の視点でも、マクロ経済や市場を動かす期待の存在は無視できないであろう。経済や市場の心理がいまどちらに向かっているのか。その動きを無視しては経営判断もできないだろう。市場の心理や人々の期待形成には注意を払う必要がある。

 

 

*『CEO社長情報』vol.14掲載