30年来の円安がこれ以上続かない理由

 多くの経済指標には名目値と実質値がある。多くの人はそうしたことを漠然とは認識しているが、その違いの重要性については見落とすことが多い。たとえば為替レートがそうだ。


 私たちは通常、為替レートを名目値で語る。1ドル100円とか、1ユーロ140円などというのはすべて名目値である。重要なことは、この名目値に隠れて実質値があるということだ。政府や民間シンクタンクのいろいろなレポートに出てくる実質実効為替レートがこれにあたる。この為替レートはいろいろな通貨との為替レートの平均をとったうえで、それを日本や外国の物価上昇率で調整して求める。


 実質実効為替レートこそ、物価の動きも考慮に入れた本当の意味での円レートの水準を示している。この実質実効為替レートで見て、いまの円レートの水準は過去30年で最も低い水準となっている。1ドル240円前後であった1985年の初めの頃の為替レート水準である。


 当時は1ドル240円、いまは100円、全然違うのではないか。そう思う人もいるだろう。ただ、この間に日本は長いデフレなども経験しているし、米国の物価のほうが上昇率は高い。それに加えてドル以外の通貨の動きもある。そういったものをすべて取り込んで計算したのが実質実効為替レートである。それが過去30年で最も円安であるということは、今後の為替レートの動きを考えるうえで重要な意味を持っている。


 これだけの円安であるということは、今後さらに円安に動くということにはなりにくいということであり、そして中長期的にはもっと円高方向に向かう可能性があるということだ。


 為替レートの動きを予想することは難しい。米国の金融引き締めが想定されているので、その影響を受けて一時的にさらに円安に動く可能性がないわけではない。市場だって名目錯覚に陥る。


 ただ、すでに30年で最も円安になっている状況から、さらに円安が長く続くということは、そうありえるストーリーでもない。この点を頭に入れておく必要がある。少なくとも、時々はいまの円レートが実質で見てどの程度の水準にあるのか確認しておく必要がある。

 

 

過去最低の金利が示唆する「投資」のタイミング

 実質と名目の違いが重要なもう一つの例が金利である。皆さんが通常の経済活動で直面する金利は名目金利である。融資の金利でも、国債や社債の利回りでも、金利と呼ばれるものはすべて名目金利である。ただ、その名目金利から物価上昇率を引いた実質金利という概念があることを忘れてはいけない。


 現実の経済活動には、名目金利よりも実質金利が効いてくることが多い。学生には次のように説明している。住宅ローン金利が1%だが、住宅価格は毎年2%ずつ低下している。住宅を購入するいいタイミングだろうか。実質金利が3%になっているのであまりいいタイミングではないかもしれない。では、住宅ローン金利は同じく1%だが、住宅価格は毎年2%ずつ上昇しているとしたらどうだろうか。これなら実質金利はマイナス1%であるので、住宅購入としては絶好のチャンスと考えてよいだろう。


 このように金利の水準を判断するとき、物価上昇率を引いた実質金利で評価する必要があることは、多くの人がなんとなくわかっているはずだ。ただ、現実にはそうした実質金利で判断せず、名目値で漠然と考えてしまうことが多い。これが名目錯覚だ。


 現在の日本の金利水準がまさにこの名目錯覚に陥らせているのかもしれない。日本の金利はずっと低水準であった。よく使われる標準金利である長期国債の利回りであれば、何年も前から1%程度の低金利であった。アベノミクスの下での超金融緩和によってこの金利が0・5%程度にまで低下している。確かに金利は下がっているが、元々低金利だったものがさらに下がったのに過ぎない。そう考えている人も多いかもしれない。


 しかし、物価上昇率を考慮に入れると状況は大きく違って見える。数年前、名目金利は1%であったかもしれないが、物価が1%程度で低下するデフレであったので、実質金利は2%であった。結構な金利高であったのだ。


 ではいまはどうだろうか。日本銀行は2015年までに物価上昇率を2%にもっていくように動いている。市場もそれを折り込み始めている。物価上昇率の予想は2%であるといってよい。名目金利が0・5%、物価上昇率が2%であるということは、実質金利はマイナス1・5%という非常に低い水準になっている。


 実質金利でみてこれほど低い水準になったことは、戦後日本ではかつてないことである。名目金利でみればずっと低金利であるような錯覚に陥るが、物価上昇率を考慮にいれた実質金利で見れば、いま非常に特異なことが起きている。それほど日本銀行が行なっている金融緩和策はパワフルであるとも言える。


 では実質でみた金利の状況は、今後の動きにどのような示唆を与えるのだろうか。一つの重要な疑問は、これほどの超低金利はいつまでも続くと考えてよいのだろうか、ということだ。政府や日本銀行はできるだけ長期間、超低金利が続くことを期待しているのかもしれない。しかし、市場のメカニズムがそれを許さないかもしれない。


 物価上昇率は今後2%程度で推移していくとすれば、いずれは名目金利が上昇していくというシナリオが見えてくる。そうした転換点がいつ来るのかはわからないが、企業経営者などは名目金利の上昇(それは実質金利の上昇でもある)に警戒する必要がある。


 もう一つ重要な点は、いまが実質金利の最低点に近いところにあるとすれば、投資という視点からも絶好のタイミングであるということだ。多くの経営者がこの点に気づき投資を拡大させていくことが、日本経済が活性化するためにも重要なことである。金利についても名目錯覚に陥ることなく、実質で金利の水準を見てほしい。

 

 

 

*『CEO社長情報』vol.15掲載