なぜ大幅な円安になったのか

 安倍政権になってから、大胆な金融政策によって大幅な円安になった。金利が下がったのだから円安になるのは当然だろう、と考えている人も多いかもしれない。その通りではあるが、経済学の説明はもう少し複雑だ。そして、以下で述べる経済学的説明は、今後の為替レートの動きを考えるうえでも重要な視点であると思う。

 

 一般的に、為替レートの水準は長期的には金融政策などのマクロ経済政策とは直接関係ない水準に決まる。ただ、ここで為替レートと言っているのは、厳密には実質為替レートのことで、マクロ経済政策によって物価水準が変化していけば、長期的な為替レートにもその影響は及ぶ。この点は、ここでは無視してかまわない。

 

 長期的な為替レートの水準は、日本や米国の産業の競争力や成長性など、実体経済の条件によって規定されるのだ。ここでは、円ドルレートの長期的な水準は80円であるとしてみよう。もちろん、この水準は説明のための便宜上のものであり、その数字に特に深い意味はない。

 

 アベノミクスで起きたことは、日米に金利差が生まれたことだ。日本の金利が下がった(現実には同じ時期に米国の金利のほうは少し上昇している)。為替レートはこの金利差に大きく反応する。たとえば、日本の金利が1%、米国の金利は3%であるとしてみよう。ここでいう金利としては、長期金利の標準指標である10年ものの国債利回りを想定すればよい。

 

 日米に2%の金利差があるとき、国際的な資金の流れがバランスするためには、ドルが毎年2%ずつ減価していかなくてはならない。そうなれば、日本に投資すれば1%、ドルに変換して米国に投資しても金利3%、為替差損2%で、ネットの利率は1%となる。為替レートの変化を通じて日米の金利格差が埋められることを、経済学では金利平価条件と呼ぶ。

 

 さて、毎年2%ずつのドルの減価はどのように実現するのだろうか。計算式は次のようになる。かりに長期的な円ドルレートが80円だとする。日米の金利差が10年ぐらい続くとする。そうであれば、毎年2%ずつ、10年間ドルは減価し続け、最終的に80円の水準に落ち着くことになる。

 

 80円の2%というと、おおよそ1円60銭である。ようするに毎年、1円60銭ほどドル安方向に動き、10年して80円に到達する。その頃には円ドルの金利差はないと想定している。現実には為替レートの変化を複利で計算しなければいけないのでもう少し複雑だが、80円に1.02の10乗をかけた数値、おおよそ97円という数値が出てくる。

 

 多少説明が複雑になってしまったが、今回のアベノミクスで起きたことは、おおよそ次のようなことになる。円ドルレートの長期的な均衡値が80円であるとすると、日本が大胆な金融緩和することで、日米の金利差が2%に広がった。この金利差は、今後続く限り、毎年2%ずつドル安方向に為替レートが向かう動きをもたらす。

 

 仮にこの金利差が10年ほど続くと考えるならば、現在の時点で為替レートは大きくドル高(円安)方向にジャンプしなくてはいけない。その水準が、いま計算した97円という水準である。日本の金融政策緩和策は、まず大きく為替レートを円安方向に動かし、それから毎年少しずつ為替レートは円高ドル安方向に動いていく。

 

 

米国の金融緩和策の変更と円ドルレート

 ここで想定した日米の金利差2%と、長期的な均衡レート80円はそんなにおかしな想定ではない。80円というレートは、円ドルレートの長期均衡の水準としてはあまりに円高を想定している、と感じる人もいるかもしれない。しかし、この20年ほどの日本のデフレと米国の穏やかなインフレを考慮に入れると、実は80円という水準は、けっして円高とは言えないのだ。

 

 詳しいデータを出すことはしないが、100円という現在の円ドルレートは、過去30年近くの日米の物価の動きで調整すれば、1985年のプラザ合意直前の水準である240円ほどに匹敵する。あるいは1995年に過去最高の円高である80円になったことがあるが、それ以降の日本のデフレなどを考慮してそれに匹敵する現在のレートは計算すれば、64円ぐらいの数値となる。

 

 そのちょうど中間点にある80円という水準は、プラザ合意直前の超円安の水準と、1995年の過去最高の円高のちょうど間くらいの数値ということになる。

 

 さて、長期の均衡レートの水準の想定の話はさておき、今後の円ドルレートの動きにとって気になる、米国の金融政策の影響について考えてみよう。いま、米国では超金融緩和を止めていく動き(これをテーパリングという)が想定されている。すぐに大きな動きになるとは思われないが、それでも米国の金利は少しずつ上昇していく可能性がある。また、連邦準備銀行がすぐに動かなくても、米国の景気が改善していけば金利は上昇傾向となる。

 

 仮に米国の金利が上昇して日米の金利差がさらに拡大したらどうなるだろうか。あるいは金利差が拡大しなくても、いまの2%程度の格差の状況が、10年から20年程度に延びることになったらどうなるだろうか。

 

 日本の方では、当分、長期金利を上げていく気配はない。日本銀行は金利が低く抑えられるように金融政策を続けるだろう。また、大量の国債債務を抱えた政府の財政事情を考えると、金利を上げてほしくないという思惑もある。

 

 そうしたなかで米国の金利が上昇するか、あるいは日米の金利差が維持される期間が長引くという見通しが強くなれば、円ドルレートはもう一度円安方向に大きくジャンプする可能性が出てくることになる。昨年、日本経済が経験した円安の動きが再来するというわけだ。

 

 為替レートを動かす要因はほかにもある。新興国リスクが表面化すれば、リスクオフということで、安全資産としての円への資金移動が起こり、円高に向かうという可能性は常に意識しておく必要がある。為替レートの将来の動きを予想することは難しいが、当面、為替レートを大きく動かしそうな要因がいくつかある。注意しなくてはいけない。

 

 

 

*『CEO社長情報』vol.12掲載