伊藤元重が見る 経営の視点

第7回差別化を図るには上流、下流にシフトせよ

1.スマイルカーブが教えてくれる もはや中流では利益は稼げない

 グローバル化が日本の企業にとって意味することは、良いことと悪いことが少なくとも一つずつある。良いこととは、市場が大きくなるということだ。日本の周囲にあるアジア諸国では中間所得層の増加が著しく、日本で供給されているような質の高い商品やサービスに対する需要は急拡大している。

 しかし、グローバル化が進むことには悪いこともある。それはライバルが増えるということだ。韓国経済が成長することでサムソンやLGのような企業が成長してきて、日本の家電メーカーは厳しい事態にさらされている。こうしたグローバル競争は、他の産業でもより厳しくなっていくだろう。

 市場が拡大し、競争相手も増えれば、企業がやるべきことは決まってくる。それは差別化を徹底するということだ。大きな市場で競争相手が増えているとき、差別化を進めていかなければ、競争に生き残ることは難しいのだ。

 では、グローバル化とあまり縁のないような国内型の産業ではどうだろうか。人口減少と高齢化で、多くの国内型産業はその市場規模が縮小していくことになる。こうした市場の縮小は産業の中での淘汰や再編を進めることになる。ただ、そのプロセスでより小さな市場を多くの企業で取り合う事態が続く。こうした環境で企業が生き残るためには、やはり差別化が必要となるだろう。

 いずれにしても、日本の企業にとって、今後、差別化ということがこれまで以上に重要な意味を持つことは明らかだ。問題は、その差別化とは何か。どうやって差別化を進めていくのかということだ。

 差別化とは、他の企業にできないことをやること、あるいは他の企業では提供できない商品やサービスを提供することである。一般論で言えば簡単なことだが、現実にそれを実行するとなると、そう簡単なことではない。

 差別化ということを考えるための有益なツールの一つに、スマイルカーブという見方がある。人間は笑うと口の両端が上がるが、同じように両端が上がった曲線、たとえば中華鍋の底のような形をした曲線のことをスマイルカーブという。この曲線の意味するところは、曲線の両端である上流と下流は利益をあげやすいが、真ん中は大変であるということだ。

 スマイルカーブという考え方を最初に提示したのは、台湾のパソコンメーカーであるエイサーの創業者だと言われているようだ。もう10年以上前の話だ。当時のパソコン市場を想像してほしい。上流にあるインテルやマイクロソフトは大きな利益をあげていた。グローバル化したパソコンの市場で、特徴のある部品やソフトウェアを生産できれば、大きな市場を舞台に高い利益をあげることができる。これが、上流が利益をあげられる理由だ。

 では下流はどうだろうか。当時の例で言えば、任天堂のゲーム機などがわかりやすい。消費者に近いところにある下流の企業は、うまく価値を生み出すようなビジネスモデルを作りやすいのだ。だから高い利益をあげる企業がある。

 その点、中流にある企業が高い利益率をあげるのは難しい。パソコンをいくら生産しても、あるいはそれを販売したとしても、そこで付加価値をつけることは簡単なことではない。中流で利益をあげるのは簡単ではないのだ。

 スマイルカーブ的な現象は、多くの産業で観察できる。たとえば繊維・アパレルでもそうした現象は顕著だ。東レなどのメーカーが供給する先端の繊維素材は、高い利益をあげているという。他の企業には提供できないような差別化が可能なのだ。他方でユニクロのように消費者に近い企業も、他の追従を許さないようなビジネスモデルを構築することで、高い利益を確保することができる。残念ながら、中流にある織物業者やアパレルメーカーは、それほど高い利益をあげられない。

2.国内市場で勝負するなら他社に先んじ社会変化への対応を

 以上で説明したスマイルカーブは、企業が差別化をしようとするとき、何が必用なのかを考える材料を提供してくれる。結論から言えば、上流か下流にいくことが差別化をする基本であるのだ。

 まず上流から考えてみよう。製品の生産や流通がグローバル化するほど、そうした中で日本の製造業が差別化するためには、上流にシフトしていくことが重要となる。韓国メーカーなどでも、日本の優れた電子素材や炭素繊維などの素材、日本の優れたデバイス(部品)、ロボットや工作機械などの製造機器、などがなければよい製品は作れない。

 日本のものづくりを支えてきた優れた素材、部品、製造機械などは、今後は世界市場を相手にすればよい。他の国の企業にできないような差別化された製品を作れば、日本からの輸出であっても十分に競争力を維持することができる。グローバル化の中で、日本の国内の産業構造が、自動車や家電製品のような最終製品から、素材や製造機器などのような分野に重点が移っていくことが予想される。

 では、これまで日本の輸出を支えてきた自動車や家電製品のような最終財はどうなるだろうか。結論から言えば、スマイルカーブの下流部分への移動を徹底するしかない。こうした製品の市場は日本ではなく、海外にその重点が移りつつある。そうであれば、供給の拠点を海外にシフトさせて、市場に近い所で生産供給することが必要となる。

 最終消費財は国や地域によってそのニーズの姿は微妙に異なるはずだ。また変化の激しい市場に対応するためにも、市場に近いところで供給することの意義は大きい。日本の国内で生産して世界中に輸出するというのでは、スマイルカーブの下流部分の高い利益を確保することはできない。

 最後に、では国内市場でしか生き残れない企業はどうしたらよいのだろうか。ここで鍵となるのは、やはりスマイルカーブの下流にポジションを置くということだ。そこで差別化を進めていくためには、独自のビジネスモデルを磨くということが必要となる。

 ビジネスモデルについては、いずれ詳しく述べてみたいが、ここでは結論だけを書く。重要なことは、競合他社より一歩前を進むことである。そのため、社会の変化に対応するビジネスモデルを磨く必要がある。

 ビジネスモデルを磨く種となる変化はいろいろある。高齢化の進展、環境やエネルギーコストの変化、ICTなどの技術革新などである。こうした変化のどれでもよいので、それを意識したビジネスの革新を続ける必要がある。それによって、他社との差別化につながるようなビジネスモデルが磨かれるはずである。

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