伊藤元重が見る 経営の視点

第6回金利が景気拡大を織り込む日

1.10年国債の利回りから長期金利の動向が読める

 日々の長期金利の動きを気にする人は少ないだろう。一方、株価や為替レートには多くの人が関心を持っている。資産運用をしている人やビジネスマンにとって、株価や為替レートの動きは気になる存在だろう。しかし、長期国債の利回りである長期金利については、一部のプロだけの関心事であると考えている人が多かった。

 最近になってこの点について少し変化が見られる。日本銀行の金融政策や欧州の債務危機などに関連して、内外の長期金利の動きが報じられることが増えたのだ。長期金利は国債市場の取引きに関わる特殊な指標ではなく、経済の先行きや政策課題を考えるうえで重要な指標となっている。その意味で、本誌の読者の方にとっても、長期金利の動向は無視できないものであるはずだ。

 長期金利として新聞などで報道されるのは、通常は、10年物の国債の利回りのことである。この利回りの動きを見れば、長期金利全体の動向がつかめる。

 国債の利回りとは次のようなものである。国債は満期が来れば、決まった価格で買い取ってくれる。これは償還という。また、すでに発行された国債は日々、取引きされている。一般の人でも金融機関を通じて購入することができる。その国債の価格は日々の需給を反映して動く。この価格のことを国債の(市場)価格という。

 国債の価格と国債の利回りの間には、負の関係がある。一定の価格で償還してくれる国債であるが、もしいま安い価格で国債が購入できれば、それを満期まで持つことで高い利回りを稼げる。逆にもし国債の価格が高ければ、国債を保有することで得られる利回りも低くなる。

 新聞紙上で長期金利とか国債の利回りとして報道されるのは、国債価格から計算できるこの利回りのことである。当然、いまのように長期金利が非常に低い状況では、国債の市場価格は非常に高くなっている。

 金融機関は大量の国債を保有している。当然、その価格の動きには敏感にならざるを得ない。金融機関が特に恐れるのは、長期金利の急騰である。長期金利が上がるということは、国債価格が下がるということである。それだけ金融機関が保有する国債の市場価値が低下してしまう。

2.乱高下する国債価格景気拡大の兆候はまだ見えず

 アベノミクスで大胆な金融緩和策が行なわれることによって、長期金利は激しく反応している。安倍内閣が成立し、日本銀行に対してより踏み込んだ金融緩和策が求められると、それまでも充分に低かった長期金利はさらに低下傾向を示す。そして黒田新総裁のもとで驚きの大胆な金融緩和策がとられると、長期金利は激しく反応した。

 金融緩和直後の4月のはじめには、長期金利は 0.3 %台という、驚異的な低水準にまで落ち込む。その後1ヵ月ぐらいは超低金利が続くが、その後今度は上昇に転じ 0.8 %台後半の水準を維持することになる。ただ、その間も長期金利は上昇の気配を見せることもあり、1%を越えるような動きを見せたこともある。

 所詮は1%以下の水準の動きである、という見方もあるだろう。ただ、金融機関にとって、金利が 0.3 %から1.0 %に急上昇するということは、保有している国債の価値が急落することでもある。すぐに国債を売買するわけではないので問題はないが、それでも金融機関は今後とも国債を持ち続けることでよいのか、そのリスクを再検討せざるを得ない状況となっている。

 長期金利が 10%近い水準にまで上昇した南欧諸国とは状況はまったく違うが、金利が上昇すれば国会で安倍総理が日本の財政運営に影響はないのか、と質問される。黒田日銀総裁も、金利が急速に上昇することには警戒を示しているようだ。そして、株価が急落すれば、その原因として長期金利の上昇をあげる専門家もいる。長期金利の動向に多くの人が関心を持ち始めた。

 長期金利は、経済の将来の動きを占う重要な指標である。長期金利が上昇していくとすれば、少なくとも3つの理由が考えられる。1つは、先に述べたように、財政危機への懸念が高まっていると市場が判断したときだ。2つ目は、将来物価が上昇すると予想されれば長期金利が上がるという点だ。そして3つ目は、景気がよくなり民間投資などが増えると予想されれば長期金利が上昇する。

 いまの日本ではどれが起きているのだろうか。この点についての見方を整理しておくことは、ビジネスに関わる人にとっては重要だろう。

 まず、財政危機への懸念という点については、いまの時点では金利に出ていない。1%前後の超低金利では、金利は財政懸念を表明しているとは言えないだろう。もちろん、日本の財政は決して楽観できる状況にはない。財政と金利の関係には常に注意を払う必要はあるだろう。

 2つ目の物価上昇であるが、これは将来の物価上昇をかなり金利が織り込み始めたと考えてよいだろう。専門家は市場の物価予想を判断するために、BEI(ブレーク・イーブン・インフレ率)という指標を使うことがある。通常の長期金利(国債利回り)から、物価連動国債の利回りを引いた数字がBEIである。

 物価連動国債は、物価変動に応じて国債の価値が調整されるので、インフレリスクがない。その金利は、物価上昇リスクを除いた数値となる。これに対して、通常の国債利回りは物価リスクを織り込んでいる。したがって、この2つの金利の差をとれば、市場が予想するインフレ率が出てくる。

 このBEIは、安倍政権になってから上昇を続け、いまや2%近い数値になっている。それは長期金利の上昇というよりは、物価連動国債の利回りの低下という形で出ている。日本銀行が大量に国債を購入しているので、物価連動国債の金利は低下しているが、物価上昇の予想が広がってきていて、金利は下がっていない。

 問題は、金利が景気拡大をいつ織り込んでいくのかということだ。残念ながらまだ、その兆候は見られない。今後の注目点はそこにあるだろう。金利が少しずつ上昇を始め、長期金利が1・5%あるいは2%の水準にまで上昇し、BEIは2%程度にとどまる(つまり物価連動債の金利も上昇を始める)ようなら、市場が景気拡大を予想に織り込み始めたと見ることができる。

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