いいものは"省かない"
コストをかけられない500円の傘でも、価値を付け加えたい

3000円相当の品質が500円国内シェア17%を占める

櫻田 本日は素敵なお宅(東京・田園調布のゲストハウス)にお招きいただき、ありがとうございます。今回、こちらに初めてうかがって、とても驚きました。こんな素敵なお宅に、傘だけが住んでいるなんて。

 

 地下1階が傘のショールームになっているんですよ。以前は地下1階だけに傘を置いていたんですが、ご覧のように、半年くらい前からは1階にも展示しています。わりと最近のことなんですが、外部からいろいろな方をお招きするようになりましてね。

 

櫻田 御社ではいま、どんな傘を作っているのですか。

 

 『ウォーターフロント』というブランドをメインに展開しています。10数年前、『スーパーバリュー500』シリーズを発売しました。小売価格3000円相当の品質で、価格は500円なんです。タクシーの初乗り料金(当時)と同じくらいの価格設定にしました。ほとんど使い捨てのビニール傘がよく500円くらいで売られていますが、スーパーバリューは長く使っていただけます。おかげさまで、大ヒット商品になりました。日本国内では年間約1億1000万本の傘が販売されていますが、そのうち、当社の傘が17%を占めています。

 

 

田園調布の邸宅でモーツァルトを聴く幸せな傘たち

櫻田 こちらのお宅は、デザインにもこだわっておられるようですね。

 

シューズセレクション・林 秀信 氏

 設計は有名な建築家の方にお願いしました。例えば、ここのガラス戸は、スウェーデンから取り寄せたもので、すべて4枚ガラスです。スウェーデンはとても寒い国で、ガラス戸も断熱性が抜群に優れている。しかし、スウェーデンのガラス戸も3枚ガラスが標準で、4枚ガラスというのは特注品です。もちろん、日本ではここにしかありません。発注から納品まで5ヵ月もかかりました。ガラス戸ですが、冬でも暖かですよ。湿度も一定に保てるし、外の音も入ってきません。

 

櫻田 傘に対する配慮でもあるわけですか。

 

 そうです。傘にとって、いい環境ではないかと思いまして。モーツァルトの音楽をずっとかけているのもそう。植物にはよい音楽を聴かせるといいと言われていますが、傘も同じではないかと思うんですね。

 

櫻田 なんて幸せな傘たちでしょう。

私も傘になりたい(笑)。それにしても、どうして田園調布に傘を展示することにしたのですか。

 

 傘は日常の生活に欠かせない重要なアイテムですから、「日本で最高の場所に展示しよう」と考えたのです。かつて東京の高級住宅街と言われたところも、麻布や青山は俗化してしまって、風情がなくなってしまった。それに比べて、田園調布には、まだ古きよき住宅街の雰囲気が残っている。住環境を守るための規制も厳しいですしね。

 

 

「晴れの日でも傘を売る」営業方針で新たなマーケットを開拓

櫻田 林社長は、価値のある物をとても大事にされる方とお見受けしました。けれど、御社は価値のある傘を安く売っていらっしゃる。ビジネス的に考えれば、「いい商品は高く売ってもいいのではないか」と、つい思ってしまうのですが。

 

 こういうことではないでしょうか。例えば、『カルティエ』の展示会に行くと、4000万円もする時計があります。しかし、原価は100万円かもしれない。デザインとブランドといった目に見えない付加価値がついて、4000万円という価格になる。当社でも以前に1本1万円以上する高級ブランド傘のOEMを引き受けたことがありますが、そのときの原価は1000円程度でした。販売価格と製造コストは必ずしも比例しないんです。商品の価値にもいろいろある。スーパーバリューシリーズの場合、高品質の傘をあえて低価格で提供して、お客さまに驚きを与え、新しい市場価値を生み出したかった。例えば、砂漠や山の上では、水はどんなに高くても売れるでしょうが、私は困っている人の足元を見るようなことはしたくない。できるだけ安く売りたいんですね。

 

FutureOne・櫻田浩 氏

櫻田 なるほど、そういうわけなんですね。とはいえ、価値が高い傘を高く売ることもあるのでしょうか。

 

 昨年(2013年)11月に、『シューズ』という高価格帯の新ブランドを立ち上げました。とはいっても、プレミアムラインが2000~3000円、ビンテージラインが4000~5000円ですが。高価格帯の可能性についても追求したいと考えています。

 

櫻田 高価格帯の傘にも、ビジネスチャンスがあると?

 

 皇室御用達のものですと1本6万~7万円もするシルクの傘がある。でも傘って失くしやすいので、高いものはあまり買わないですよね。ずっと身につける物ではないから、失くしやすいこともあります。雨の日に差してきたら、入り口の傘立てに置いておくでしょう? そこで、私は“身につけられる傘”(*写真の胸ポケットに入っている傘はその一つ)を作り出しました。こうしたスタイルが定着すれば、傘もブランド化するのではないかと思っています。1本何万円もする高級な傘が普及するかもしれませんよ。

 

櫻田 身につけるようになれば、傘がファッションアイテムになるということなんですね。
林 洋服と同じように、傘もその日の気分によって、気軽に換えてもらえるようになるといいですね。当社には、「晴れの日でも傘を売る」という営業方針がありますが、傘は年賀やバレンタインデーの贈り物、結婚式の引き出物にもなります。工夫次第で、まだまだマーケットを開拓することはできるんです。

 

 

傘に“魅せられた” 少年時代の思いをメーカーとして世に伝える

櫻田 創業から約30年とうかがいました。林社長が傘作りに打ち込まれるようになったのは、少年時代の思い出も影響しているそうですが。

 

 私は1946年(昭和21年)生まれで、故郷は長崎なんです。私が子供のころ、傘は貴重品だったんです。お祭りが年2回あって、そこで買った蛇の目傘を家族みんなで大事に使っていたものです。近所に番傘を作る職人さんが住んでいたんですが、そこに入り浸って、作業に見とれていました。「傘ってきれいだな」と、魅せられたんです。大人たちが格好よく傘を差している姿にも憧れました。そのせいか、いまでも雨の日には気持ちが高まりますね。傘を差せますから(笑)。

 

櫻田 高校卒業後、上京されてから傘作りを始められるまでに、ずいぶんブランクがありますよね。

 

 上京したのは、古武術に興味があって、東京の道場に入るためだったんです。そのころ、傘作りはどこかにいっていました。道場では約3年半修行しました。一方で、将来は弁護士か公認会計士になろうと思い、大学の学費を貯めるためにアルバイトにも精を出していました。そうしたら途中で東洋医学に目覚めてしまい、進路変更して専門学校で指圧と鍼灸の資格を取ったんです。卒業してすぐに治療院を開業しました。

 

櫻田 林社長の出発点は、指圧や鍼灸の治療院だったんですか。

 

 すごくはやったんですが、27歳くらいのとき、「生き方を変えてみたい。まだ若いんだから、新しいことにチャレンジしよう」と思って治療院を閉め、ビジネスの世界に飛び込みました。飲食店や食品の輸入販売を手がけたところ、それも繁盛しました。しかし、40歳のとき、それまでのビジネスはリセットして、傘のメーカーを設立したわけです。

 

櫻田 思い切ったことをされましたね。ビジネスがせっかく成功していたのに、なぜリセットしたのですか。

 

 お金はどんどん入ってくるのに、なぜか心が満たされない。物作りへの思いが強くなっていたからだと思います。実は、並行して靴作りの仕事もしていて、かなり売れていたのですが、どうもしっくりこない。そこで、思い出したのが傘だったんです。それに、傘作りというのは人手のかかる労働集約型の産業なんですが、当時は産業構造が遅れていて、効率化の余地がたくさんありました。門外漢の自分が入っていけば、業界の効率化にもお役に立てるのではないかとも考えました。

 

 

2014年4月、世界最大級の傘専門店が東京・自由が丘にオープン

櫻田 御社の傘は、国内では大変な人気です。外国でも売れそうですが、海外に進出するご予定はありますか。

 

 お金儲けのために傘を拡販しようとは思っていないので、当社の傘は日本限定販売です。ただし、お取引先のなかには、当社の傘を海外で販売している会社もあります。例えば、タイでは百貨店で取り扱っていて、王室の方々にもお使いいただいているそうです。日本の空港でも、お土産として好評なようですよ。

 

櫻田 傘作りで絶対守ろうと考えておられるのは、どんなことですか。

 

 “省かないこと”ですかね。普通であれば、傘を500円で売ろうとすれば、どうやってコストを減らそうかと考えがちですが、当社では、むしろ、どうやって付け足そうかと考えるんです。500円なのにこんな機能がついている、こんないい素材を使っているといった具合に。合理的に無駄を省くことは大切ですが、いいものは省かない。それが信念ですね。

 

櫻田 いまはコストのかかることは省くのが当たり前、という風潮になっているので、とても新鮮です。では若い人たちにはどんなことを大切にしてほしいですか。

 

 真心ですね。そのことに尽きます。私がこれまで順調に仕事を進めてこられたのは、どんな仕事でも、真心を込めて取り組んできたからではないかと思っているんですよ。

 

櫻田 3月にご著書『晴れの日に、傘を売る。』(阪急コミュニケーションズ刊)を発売されました。おめでとうございます。林社長のこれまでのお取り組みや御社の経営理念が、丸ごとわかる内容ですよね。

 

 ありがとうございます。今年(2014年)の4月には、ショールームとショップを兼ねた大型店「クール・マジック・シューズ」を東京・自由が丘にオープンしました。世界最大級の傘の専門店です。ぜひ、お越しください。

 

櫻田 とても楽しみにしております。本日はありがとうございました。

 

 

*『CEO社長情報』vol.13掲載

 

|ゲストプロフィール

林 秀信(はやし・ひでのぶ)

1946年、長崎生まれ。飲食店経営などを経て、洋傘の研究開発に着手。86年、生産から加工、販売までの一貫した流通の確立を目指して同社を設立。高機能・高品質でありながら、500円・1000円という超低価格の傘で注目を集め、販売数を伸ばし続けている。独自商品の開発に力を入れ、国内外で取得した産業財産権は161件。少数精鋭の経営で、年間販売本数1870万本(2013年)、傘の全国シェア17%を誇る。 

 

株式会社シューズセレクション

業 種●洋傘の企画・製造・販売
設 立●1986年5月
資本金●2000万円
売上高●35億4700万円(2013年12月期)
住 所●東京都目黒区緑が丘2-16-14
電 話●03-3724-8689
URL●http://www.water-front.co.jp