独自の視点から
プロスポーツクラブの運営にメスを入れ
8年ぶりの栄冠を目指す

F・マリノスのコンセプト「ハードワーク」を最も体現しているのが中村俊輔

櫻田 昨日はFIFAワールドカップ・ブラジル大会アジア最終予選のオーストラリア戦でした(※)。

 

嘉悦 興奮しましたね。本戦出場決定の瞬間を初めて生で見ました。超満員6万2000人の声援の迫力は、ものすごかったです。

 

櫻田 本田選手の気迫が別格だと感じました。

 

嘉悦 彼がいることにより、他の選手が安心して前に走れる。思い切ってパスを出せる。戦術のみならず、精神的な支柱ですね。

 

櫻田 横浜F・マリノスでいうと、中村俊輔選手がその立場にありますでしょうか。

 

嘉悦 はい。俊輔の試合を読む力は天才的で、ますます磨きがかかっています。そして、意外に思われるかもしれませんが、運動量もチームトップクラスなんです。F・マリノスのコンセプトの1つは「ハードワーク」ですが、それを最も体現しているのが彼なんです。

 

櫻田 そうなんですか! 中村選手はベテランの域ですが。

 

嘉悦 はい。ただ「ハードワーク」というと、皆さんがむしゃらに走り回るイメージだと思いますが、樋口監督(横浜F・マリノス)が掲げるそれは、少し違います。「ハードワーク」とは、攻守の切り替えの瞬間に発揮される、エネルギーの大きさのことです。ボールを奪ったときの攻撃への切り替え、逆にボールを奪われたときの守備への切り替え、そこにチーム全体がエネルギーを注ぎ込むことでゲームを支配するということです。

 

櫻田 ここぞというときにスピードが発揮される、メリハリが大事であるということですね。

 

嘉悦 そうなんです。実はその話を聞いたときに、思い出したエピソードがあるんです。私がまだ日産自動車の若手社員だった頃、取締役人事部長だった森山寛さんに言われたことがあるんです。毎晩遅くまでデスクにかじりついて仕事をしているようじゃ、まだまだだ。定時でスイスイ帰ってもやるべき仕事をすべてこなし、周囲に「アイツはいつの間にこれだけの仕事をやったんだ!?」と思わせてこそ〝プロ〟なのだと。

 

櫻田 かっこいいですね、見習いたいところです。

 

嘉悦 実務担当レベルの人たちにはプロセスでの努力も認めてあげなきゃいけないと思うんですが、キャリアを積むほど、役職が上になるほど結果で評価されなければなりません。

 

櫻田 社長をやっていたら、24時間常に組織のことを考え、戦略を練っています。会社にいる時間=仕事をしている時間、というわけではないですものね。

 

 

優勝争いをしていても地元・横浜が盛り上がらない理由

横浜マリノス・嘉悦 朗 氏

櫻田 F・マリノスは今シーズン、優勝争いをしています。しかし、その割には横浜市民や地元企業の盛り上がりが、いま一つのような気がします。

 

嘉悦 それは、おっしゃる通りです。理由は2つあって、1つは「日産のカラーが強すぎる」ことです。クラブの前身が日産自動車サッカー部ですから、ある部分では当然なのですが、もっと市民の皆さんや地元企業に支持していただけるチームにならないといけないと思っています。

 

櫻田 もう1つの理由はなんでしょうか。

 

嘉悦 ホームタウンである横浜と横須賀の大きさです。Jリーグの理念は「地域密着」であり、われわれも年間約千回、サッカー教室を開催したり、商店街のイベントに参加するなどの「ホームタウン活動」をしています。

 

櫻田 そんなにやられているんですか! 1日3回のペースですね。

 

嘉悦 これには「ファン感謝デー」などは含みません。参加者の顔と名前が一致するようなイベントだけに絞っても、年間延べ約4万5千人の市民の皆さんにお会いしています。ところが、横浜市・横須賀市の人口は410万人です。われわれが接することができているのは、全人口のわずか1%に過ぎないんです。

 

櫻田 気の遠くなるような話です。年間千回活動しても、全市民と最低1回会うのに100年もかかる計算です。

 

嘉悦 ええ。ですから、以前は社内にも、ホームタウン活動の効果を疑問視する声もあったと聞いています。一方で、活動している人たちも、目的意識が希薄になっていたところがあったと思います。ホームタウン活動の目的は「マリノスを身近に感じ、応援していただくこと」であり、最終的には「スタジアムに来ていただく」ことです。

 

 

マーケティングの法則を応用し、ホームタウン活動の目的を明確にする

櫻田 ホームタウン活動を観客動員数に結びつけるにはどうすればいいか、ということですか。

 

嘉悦 ええ。答えはそこなんですが、すぐには結果は出ませんからね。まずはわれわれの意識改革から始めました。経営陣には活動の意義、現場には目的を再認識させる必要がありました。そこでパーチェス・ファネルというロジックを導入しました。消費者の購買行動を「認知→理解→好意→購入意向→購入→再購入」に区分し、その一つひとつを着実に改善していくことで、リピーターを増やすというものですが、たとえばホームタウン活動はその入口である「認知→理解→好意」にあたるわけです。そう定義することで、ホームタウン活動の目的がはっきりしますし、社員のモチベーションも上がります。同時に、横浜・横須賀はあまりに広すぎるので、従来の活動を継続しつつ、「港北区」を重点地区にしました。

 

FutureOne・櫻田浩 氏

櫻田 港北区には、ホームグラウンドである「日産スタジアム」があるからですね。

 

嘉悦 その通りです。アルビレックス新潟に遠征したとき、サポーターの皆さんの多くが家族連れで、徒歩や自転車で来ていることに衝撃を受けました。スタジアム周辺の住民の方々が、日常の一部としてサッカー観戦に来ているんです。これは、私たちのスタジアムではあまり見かけない光景でした。これを何とかしないといけない、と私は強く思いました。

 

櫻田 横浜も港北区と港南区では、住民の趣向もライフスタイルもずいぶん違います。横浜の中心地である中区・西区に勤務する人が多い港南区は重要だと思いますよ。私はかつて港南区に住んでいたものですから。

 

嘉悦 そうだったんですか。実は港南区はサッカーの盛んな地域で、われわれも密接な連携をとりたいと思っているところです。

 

櫻田 都市部ですと住人の趣味趣向も多様ですから、なかなか「サッカー一色」とはなりにくいのかもしれません。

 

嘉悦 そういったことも含め、われわれはもっと横浜を知らなければいけません。その一環で、昨年、神奈川大学さんと「包括連携協定」を結ばせていただきました。神大の人間科学部には「横浜学」という講座があり、地理・歴史のみならず住民の皆さんのライフスタイルや価値観なども調査しています。

 

 

「F・マリノスを支えたい」ファンの方々に、そう言っていただくことが目標

櫻田 そうしたなかにあって、Jリーグではアジアサッカー連盟の意向を受け、2014年に債務超過に陥っているクラブは、クラブライセンスを剥奪されることが決まりました。現在のF・マリノスは厳しい状況にあるとうかがっています。この窮状をもっと横浜市民に訴えて「F・マリノスを応援しよう」という機運を作ってもいいのではないでしょうか。

 

嘉悦 われわれも、なるべく多くの地元企業の皆さんに支援していただけるよう、お願いしています。けれども、最初の話題に戻るのですが、やはり日産色が強いという壁があるのは事実です。「債務超過問題は日産に何とかしてもらえばいいのでは?」と思われてしまうのです。

 

櫻田 実際は多くのクラブが赤字で、親会社に補填してもらっているのですよね。

 

嘉悦 構造的にそういう傾向はあります。私は日産と「自立経営を目指して挑戦する」ことをコミットしています。そのために、やれることは何でもやろうと、チャレンジしているところです。

 

櫻田 素晴らしいと思います。しかし、どうすればそれが現実になりますか。

 

嘉悦 2014年までという時間的制約がありますので、最後は白旗を揚げるかもしれませんが、それまでは会社のなかに眠っている潜在能力を最大限に引き出すことによって、売上げを増加させるチャレンジを続けます。実際、観客数はこの3年間で、Jリーグ平均が7・5%減るなか、私たちは、4%以上増やしてきましたし、グッズ販売にいたっては6割、スクール事業も2割売上げを伸ばしましたから。そして究極の目標はファンや地域の多くの方々に「マリノスを支えよう」と心から思っていただける状況に可能な限り近づけることだと思っています。

 

 

俊輔や中澤が第一線で活躍しているいまこそが、優勝への絶好のチャンス

櫻田 嘉悦さんは、今年を「結実の年」であると位置づけていらっしゃいます。結果を出さなければいけない年に、優勝争いをされているのは本当に立派だと思います。

 

嘉悦 収益改善のためには、地道にファン層を広げる活動は欠かせませんが、一方で、やはり強いチームを作る、優勝争いをすることが重要です。

 ところで、今年こそ「結実」という発想は、カルロス=ゴーンのマネジメント哲学に影響を受けています。物事には必ずプロセスと結果がありますが、敢えて順番をつけるならプロセス→結果という発想で、基盤をしっかりと築き上げていくという考え方です。

 

櫻田 両方同時にできればベストだけれど、そうでなければプロセスを優先する。そちらができていれば、あとは時間が結果を導いてくれると。

 

嘉悦 プロセスに関しては、就任して4年で非常に多くのものを導入、定着させてきました。ですから次は、いよいよ成果を出さなければいけない。特にチームに関しては、中村俊輔や中澤佑二らベテランの心技体が充実しているいまこそ結果につなげたい。マリノスは、もう8年も優勝から遠ざかっています。このクラブの歴史と伝統を鑑みると、何としてもという思いが強くあります。

 

櫻田 社長として4〜5年とおっしゃらず、10年くらい腰を据えてやっていただきたいところです。それくらいやらないと、常勝クラブは完成しないでしょう。

 

嘉悦 それはそうかもしれませんが、体がもちませんよ……。プレッシャーは半端ではない。試合前日から眠れず、試合が始まるともう心拍数が上がりっぱなしです。これは、この立場になって初めてわかった苦悩です。10年はとてもじゃないですが、もちませんよ。(笑)。

 

櫻田 本当に過酷なお仕事と思います。お体には十分気をつけていただいて、ぜひ優勝してください。応援しています!

 

 

*『CEO社長情報』vol.9掲載

 

|ゲストプロフィール

嘉悦 朗(かえつ・あきら)

1979年一橋大学商学部卒業後、日産自動車に入社。ゴーン体制の下で、人事部主管、組織開発部主管、理事、執行役員を歴任。クロス・ファンクショナル・チームの主力メンバーとして活躍した。その後、本社移転プロジェクトのリーダーを経て、2009年、横浜マリノス株式会社の社長代行に就任。10年より現職。

 

業  種 ●プロサッカーチームの運営
設  立 ●1992年7月17日
資 本 金 ● 3070万円
売上高●37億円(2013年1月期)
住  所 ●神奈川県横浜市西区 みなとみらい6-2
電  話 ●045-277-2301
U R L ●http://www.f-marinos.com/