自らを磨き、教え続けられる人材を育成
〝うちしかない〟質をさらに高める

海外留学生活で強くした日本人のアイデンティティ

白石 辻さんにはトライアスロンの場などでも親しくさせていただいていますが、一度ゆっくり学校経営のお話を聞きたかったんですよ。かなり若い時から海外に留学されていたんですよね。

 

 大阪で小4まで育ち、その後東京に移って、12歳からイギリスの語学学校に行きました。その時点で英語はまったくしゃべれませんでした。そこで半年ほど学んだときに、日本人の生徒が入学してきたんです。「このままだとその子と日本語をしゃべってしまう、英語が上達しない」と思い、日本にいる父に国際電話をかけ、転校させてくれと頼みました。それからはイートン校の先生にプライベートで学び、その方の紹介でスコットランドの学校に入学することになり、その高校を卒業しました。大学はアメリカに行き、その後スコットランドの大学院で学びニューヨークで働き、帰国したのは27歳のときです。

 

白石石 15年間の海外生活ですか。多感な時期の海外経験は、いまにどのようにつながっていますか。

 

 自分のことや日本の料理を客観的に見ることができるようになりましたね。それと日本人としてのアイデンティティが強くなりました。日本のことをきちんと知らないのは恥だと、文化や料理のことを一所懸命勉強するようになり、愛国心も強くなったと思います。

 

白石 若い頃から長年海外にいると、思考方法が日本人ではなくなってしまうという話を聞くんですが。

 

 帰国当時は、話すのも英語、思考も英語でしたね。その頃にはすでに父が病を患っていたので、引き継ぎを急がないといけない。そこで最短で日本人に戻るためにやったのが、まずサラリーマンになることでした。2年間の銀行員生活と、日本文学と日本の映画で日本人に戻りました(笑)。29歳で退職したその3週間後に父が亡くなり、後を継ぎました。

 

 

教える側にも教わる側にもパラダイムシフトが起きている

白石 引き継ぎ期間があまりなかったんですね。

 

 実は父と一緒に働いたことは一度もないんです。でも、自宅と学校が隣合わせだったこともあり、子供の頃から父とは学校の話ばかりしていたので、そこは問題なかったですね。

 

白石 引き継ぐ際にまずされたことを教えてください。

 

 学校経営の面では父が幹部職員を育てていて、校長がいなくても十分学校が回るようになっていました。校長としての初日に「5年間は先代の体制のままにする。その後動かすときに動かす」と宣言しました。個性の強い職員が多いですから、時間をかけて、彼らの人となりや適性を把握しようと。

 

白石 調理師専門学校のあり方は昔とは変わってきているんでしょうか。

 

 昔は職人が職人を育てていました。しかし、ここ30年くらいで最高の技術集団が、体系的に技術を教え、どんな職場でもやっていける学生を育てる形に変わりましたね。

 

白石 教わる学生の側も変わってきているんじゃないですか。

 

 その通りです。若い世代には自ら情報・理論を発信するような料理人が生まれたり、日本の文化を広めるために和食を使うといった人も出てきています。確実にパラダイムシフトが起こっていますね。目上の職人が若い職人を鍛える旧来の方法だけでは新しいものは学べない。年齢、経験にかかわらず、料理を言語化して理論的分析ができる人材は伸びていく。

 

白石 料理界のスタープレイヤーを多数輩出されていますよね。

 

 卒業生にはミシュランの三ツ星シェフもたくさんいます。でも学校であるからには、料理を通じ成功できる料理人を育てるのが仕事なんです。例えば鳥貴族の社長の大倉忠司さん。彼はフランス料理を学びたいと本校に入学された。その後ビアガーデンでアルバイトしていた際には、片づけを全部自分から買って出てジョッキの数を数えたり、客数を数えたりしてノウハウを吸収したそうです。

 

 

職員たちに権限移譲しカリキュラムを最終決定

白石 今後学校を増やす計画は?

 

 子どもの減少で学生の奪い合いが激しくなることも予想されますので、いま以上に増やす計画はありません。″質”では「うちしかない」というところを目指していますから、大阪、東京、フランスの各校のクオリティをより高めていきたい。

 

白石 辻調理師専門学校といえば調理師学校のなかで長年トップのステイタスをキープしていますよね。その秘訣はなんですか。

 

 職員とカリキュラムの質です。古代ローマの哲学者セネカの「我々は教えることによって学ぶ」という言葉をわが校の建学の精神としています。学生を集めるにはスター先生が必要ですが、スターであるだけでなく自分を研鑽し続けられる人材でないとダメなんです。持っているものを教えては空っぽになったら、自分でまた勉強し、そこで得た知識をまた学生に教えていく。だから職員で世界的なコンクールで受賞している人も数多くいます。

 

白石 辻さんはお忙しくて学校にいないときも多いけど、現場はすごくうまく回っている。それを可能にする人材マネジメントのコツはなんでしょう。

 

 評価制度は導入していますが、「意欲」も見ています。そして徹底的に話します。ただし、付いてきたくない人に無理強いはしないですね。

 

白石 下の人へ権限移譲はどうされているんですか。

 

 何事も、いちいち上にお伺いを立てるのは僕は大嫌いなんです(笑)。教育のコアになるカリキュラムには口を出しますが、日々の運営に関しては現場の教職員に任せています。

 

白石 一般の企業より進んでいますね。

 

 職員は僕の背中を見なくてもいいから、学生を見てほしい。卒業式で学生を見送る職員の顔、職員を慕う学生の顔を見ていると感慨深いです。この相互の信頼関係を目のあたりにすると、学校を経営する側として謙虚にならざるを得ないと思いますね。

 

白石 考える集団に育て上げ、職員それぞれが自発的に組織やチームを動かしていくというのは、一般の企業にも通じる素晴らしいマネジメント方法ですね。今日はありがとうございました。

 

 

*『CEO社長情報』vol.17掲載

 

|ゲストプロフィール

辻 芳樹(つじ・よしき)

1964年大阪府生まれ。12歳で渡英。米国でBA(文学士号)を取得。93年学校法人辻料理学館理事長、辻調理師専門学校校長に就任。2000年主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)にて首脳晩餐会料理監修。04年内閣の知的財産戦略本部コンテンツ専門調査委員に就任。10年アメリカで開催された国際料理会議(WOF)では組織委員を務め、基調講演を行なった。著書に『和食の知られざる世界』(新潮新書)などがある。