「世界一」で“ストップ・ザ・東京”

おらがまち新潟を熱く刺激し続ける

起業当初からの理念。収益は社会貢献にも

白石 NSGグループがあまりにも大きいので、池田会長は二代目なのかなと勝手に考えていたのですが、創業者でいらっしゃるんですね。

 

池田 そうです。新潟の小さな神社の家に生まれて、神職の資格ももっているんですよ。でも私が22歳の頃、祖父や父の代のときのように、お宮を守ってさえいれば生活ができる時代じゃなくなっていたんですね。他に仕事をしなくてはならなくて、公務員、会社員……と考えたんですけど、「性に合わないな」と思って。どうせ働くなら、事業を興したいなと思ったんです。

 

白石 最初から教育産業ですか?

 

池田 ええ。お宮を守りながらの事業でも、教育なら親和性があるでしょう。お宮は地域の庶民の教育を担っていたところですから。25歳で準備を始めて、27歳で起業しました。
 そのときに掲げた理念、収益は会社運営と社員への還元と、社会貢献とにバランスよく配分するという考えはいまも変わっていません。

 

白石 創業当時から、社会貢献を視野に入れていたわけですね。

 

池田 起業を考えたときに、思い浮かんだのが、インド独立運動家のガンジーだったんですよ。彼の活動を起業家たちが支えていたと知ったとき、ガンジーにはなれなくても、そういう形で社会貢献ができるんだと思ったんです。

 

 

若者の東京流出を防ぐため 世界一の学校と提携

白石 池田さんが起業された38年前、僕は10歳くらいなんですけど、アパートの1室みたいな感じで、塾がたくさんできましたよね。子供心に教育ビジネスブームを感じた記憶があるんです。

 

池田 そういう時代でしたね。昭和48(1973)年くらいに「生涯学習」という概念が生まれたんです。「公立だけでは教育は担えない」「生涯学び続けないと、変化についていけない」と。
それと、専門学校制度ができたのが昭和51(1976)年。専門学校卒業が、短大並の学歴であることが認められた。その時代からのトップランナーであることは間違いないですね。

 

白石 そのとき、一気にたくさんの人が参入したと思うんですよ。そのなかで、ここまでの成長を遂げ、続けてこられたのはなぜだと思いますか?

 

池田 一つは新潟だったことですね。地域に根ざし、地域を活性化するためにやってきた。お宮の役目って、地域の幸せをご祈祷することなんです。それなのに当時、若い人がどんどん東京に出ていって、地域はシャッター商店街化していた。東京の大学に行って、東京の企業に就職するのが「最も成功で、最も幸せ」という考え方と、まずは戦わなければならなかったんですね。“ストップ・ザ・東京”です。

 

白石 どうやって戦ったんですか?

 

池田 東京に行くのをやめさせて、うちの専門学校に入学してもらうためには、「東京よりもいい」と思われる学校をつくらなきゃいけない。なので、「世界一」と評価されている海外の大学や専門学校と提携したんです。それなら東京にも負けないでしょう。
 あとは国家試験なら合格率、デザイン学校だったら世界的なコンペティションに出品させて、プロに混じって入賞するとか。そんな形でいろんな分野での実績をつくっていったんです。

 

白石 エリアで猛烈営業して成長させたのかと思ったら、違うんですね。

 

池田 狭い町だから、猛烈営業しても、基本的に信頼がないとダメなんですよ。少しでも対応が違うと、悪評が広まって、翌年から生徒が集らなくなってしまう。だから中身の充実が一番。
 生徒一人ひとりの人生のために、どれだけ教員が熱くなれるか。それはマニュアルじゃないんですね。

 

白石 アニメ、ペット、ブライダル、アウトドア……。ビジネス系、語学系だけじゃなく、本当にたくさんの分野の学校をつくられていますよね。

 

池田 これだけの分野の専門学校をもっているという点では、世界一の都市だと思いますね。新しい学校をつくるでしょう。そうしたら、そのスキルを証明するための資格が必要になるんです。その資格を認定するための会社、その資格を取得するための教材を作る会社……と、どんどん仲間が増えていってしまいます(笑)。

 

白石 池田さんが作った新たな資格がたくさんあるということですよね。

 

池田 そうなんです。

 

 

サッカー人口全国最下位から観客動員数・日本一へ

白石 池田さんというと、アルビレックス新潟の会長という印象も強いのですが、サッカーチームの経営にあたったきっかけは何でしょう?

 

池田 他の事業と一緒で、地域興しですよ。それまで企業のものだったプロスポーツを地域のものにして、地域を活性化していくというJリーグの理念が私の理念にぴったりはまったんです。

 

白石 たしかに、一緒ですね。

 

池田 そもそも、サッカーのワールドカップを新潟に誘致する経営者の会の一員だったんです。やっているうちに、Jリーグが始まることになって、「クラブチームのない都市に、ワールドカップはこないぞ」と。それで社長までやることになって、服も小物もすっかりアルビレックス色ですよ(笑)。

 

白石 やっぱり、アルビレックス色でしたか(笑)。

 

池田 こういうことは地道にやっていかないとね。20年前の新潟って、サッカー人口が全国的に見ても、最下位だったんですよ。

 

白石 それが、観客動員数日本一にまでなってしまったわけですか?

 

池田 地域に「おらがチーム」という意識をいかにつくるか、ですよね。スポーツは感動を伴いますから、大勢の人を一つにまとめやすいんです。それを為政者がうまく利用したのがアメリカ。人種も宗教も超えて、みんながハイタッチできるでしょう。

 

白石 たしかにそうですね。そう考えると、オリンピックも大きいですよね。何か、2020年に向けてやっていることはありますか?

 

池田 バスケットや陸上など、選手も育てていますし、新潟医療福祉大学では、選手をサポートする人材を育てています。それと、2030年の冬季オリンピックを新潟に誘致する活動も始めているんですよ。

 

白石 すでに、2020年の先を見ているんですね。すごいな。長野オリンピックからずいぶん経ちますし、ぜひそちらも実現させたいですよね。今日はありがとうございました!

 

 

*『CEO社長情報』vol.16掲載

 

|ゲストプロフィール

池田 弘(いけだ・ひろむ)

1949年、新潟県新潟市古町(現・新潟市中央区古町)にある愛宕神社を代々守る宮司の家に生まれる。國學院大學で神職を学び、77年、愛宕神社宮司となる。同年、新潟総合学院を開校、理事長に就任。教育機関を中心に、医療福祉事業、商社、広告代理店、ホテル、起業支援などの事業を展開するNSGグループに成長。1996年には、アルビレックス新潟代表取締役に。『地方の逆襲「格差」に負けない人になれ!』(PHP研究所)、『かなえる力』(東京書籍)など著書多数。