料理はアウトソーシング、100店舗100業態……

業界にはない発想を繰り出し、業界限界説「年商300億円」に挑む

黒服時代に培った宣伝・販促の仕掛けづくり

白石 「銀座のフード・ファンタジスタ」と言われる松村社長ですけど、そもそも、飲食業に興味をもったきっかけから聞かせていただけますか。

 

松村 大学時代、レストランでアルバイトをしていたんです。お客様が「おいしかったです」「また来ます」と、幸せそうに帰っていかれるのがうれしくて、飲食業っていいなと思ったんです。

 

白石 そうなんですね。でも大学卒業後は、たしか日拓エンタープライズに入社したんですよね。

 

  ダイヤモンド・ダイニング

  松村厚久社長

松村 はい。28歳までディスコの黒服でした(笑)。最後は店長でしたけど。

 

白石 結構長く勤めましたね。独立のきっかけは何だったんですか?

 

松村 27歳の終わりに結婚して、「もっと稼がなきゃ」と思ったんですよ。でも辞めて初めて、社会の厳しさを知って。慌てて親族にお金を借りて、日焼けサロンを始めたんです。

 

白石 日焼けサロン?

 

松村 飲食店を出せるほどのお金が集まらなかったんですよ。それで考えたときに、僕自身が当時、日焼けサロンに通ってたんですけど、サービスが全くなってなかったんですね。行くたび頭にきてたんだけど、『これ、逆のことをすれば、流行るんじゃないか?』と。

 

白石 従業員教育をして、サービスの行き届いた店にするってことですね?

 

松村 そうです。そうしたら、やっぱり流行って、しかも2年目にいきなりガングロブームがきたんですよ。

 

白石 それは儲かったでしょう? 

 

松村 儲かりましたね(笑)。数年で4店舗くらいに増えました。

 

白石 すごいですね。

 

松村 でもブームだったから、どんどん日焼けサロンができて、価格競争みたいになっていくんですよ。4000円でやってたのが、一気に2000円みたいな。そうなると儲かりませんから、もう飲食業を始めようと。それで、2001年に、銀座6丁目に「ヴァンパイアカフェ」を作ったんです。

 

白石 あれが1号店なんですか。テレビでもバンバン紹介されてましたよね。

 

松村 それが日拓時代に学んだことですね。いかに宣伝、販促するか。当時はインターネットも普及していないから、テレビ・雑誌に取り上げてもらえるかどうかが鍵だったんです。そのとき学んだ手法が、いまに生きてますね。

 

白石 口コミで徐々に……ではなく、最初から大きく仕掛けていくわけですね。マスコミに注目されるようなコンセプトや演出が頭にないと、できないことですよね。宣伝・販促以外にこだわってきたことはありますか?

 

松村 こだわりじゃなく、それしかできなかったんですけど、料理はアウトソーシングにしたことですかね。

 

白石 そうだったんですか。飲食の経営者でそんな話、初めて聞きます(笑)。一般的な飲食の経営と、発想からして違うのかもしれませんね。

 

 

飲食業界でささやかれる「年商300億円限界説」

白石 11年、ホテルオークラで100店舗達成のパーティーをされましたよね? 創業は何年でしたっけ?

 

松村 01年創業で、07年上場。約10年で100店舗100業態。

 

ベネフィット・ワン 白石徳生社長

白石 いまは何店舗ですか?

 

松村 230店舗くらいかな。

 

白石 順調ですね、すごいな。

 

松村 いや、ここ数年、ちょっと低迷していたんですよ。飲食って「年商300億円限界説」というのがあるんです。ある程度までは、業態の斬新さ、社長のカリスマ性でいけるんですが、200億円でだいたい止まって、つぶれる会社も出てくるんです。うちも、250億円の先になかなかいけなくて。

 

白石 不思議ですね。

 

松村 そう。打開策をと思って、去年から始めたのが「〝熱狂宣言〟をうたった〝熱狂隊〟」。僕自身がもう一回、現場に行って、熱くさせていこうと思った。

 

白石 会社が大きくなると、社員が指示待ちになるってよく言いますよね。権限委譲して、現場に自主的にやらせようとしても、うまくいかないことが多い。そういうことでしょうか?

 

松村 権限委譲はやりすぎなくらい、早くからやっていたんですよ。でも、いざというときのスピード感とか決定力とか、やっぱり社長にしか持てないものもあるのかなと思うんですよ。

 

 

社内イベントも命がけ社外にも元気さをアピール

白石 今後のビジョンは?

 

松村 いま来ているオファーを一つひとつやっていくことですね。

 

白石 海外展開はないんですか?

 

松村 ありますよ。この8月に、ハワイのワイキキショッピングプラザの屋上に、330坪のメキシカンの店をオープンしましたし、シンガポールはじめASEAN諸国も研究しています。

 

白石 これからも飲食一筋ですか?

 

松村 やっぱり飲食に付随したものになりますよね。なかでも、ホテルをやりたいなと思っているんですよ。結婚式場とか、海外ウエディングとか。

 

白石 ホテルは絶対向いてますよね。松村さんの企画力、演出力で、これまで日本になかったエンターテインメント性のあるホテルが作れそう。

 

松村 やりたいですね! でも一方で、これまでコンセプト重視だったところを見直していっている部分もあるんです。故郷である高知産の新鮮で安全な食材にしてみたり、フードの内容もかなり充実してきているんですよ。

 

白石 いま、消費者も食の安全にこだわりますしね。

 

松村 すごく大事なことだと思います。あとは、衛生管理。チェック項目を挙げて、随時、本部からも確認できるようにシステム化しました。

 

白石 店舗数が多いと、その点、大変ですよね。社員もどんどん増えていくわけだけど、マネジメントはどんなふうに考えているんですか?

 

松村 盛り上がるときは、社員一丸になって頑張ることですね。忘年会も命かけてますよ、うちは。出し物が下手だと僕が怒るんで、みんな必死に練習してます。僕自身もバンダナにローラースケートで登場しますから(笑)。

 

白石 そういうの、いいですよね。うちも年一回やるんです。お金は確かにかかるし、社員も大変だけど、必要なものなのかなと思うんですよね。それに、伸びてる会社ってこういう社内イベントに力入れていますよね。

 

松村 社外に元気さが伝わるんですよ。

 

白石 確かに。うちも今年はもう少し力を入れてみることにします。今日はありがとうございました!

 

 

*『CEO社長情報』vol.14掲載

 

|ゲストプロフィール

松村 厚久(まつむら・あつひさ)

1967年、高知県生まれ。’89年、日本大学理工学部卒業後、日拓エンタープライズ株式会社入社。'95年、独立し、日焼けサロン事業を展開。’96年、有限会社エイアンドワイビューティーサプライ創業、’02年、株式会社ダイヤモンドダイニングに組織変更。斬新なコンセプトによるエンターテインメント性の高いレストランを次々に出店。'07年、上場。故郷・高知県の観光特使も務める。